・5 TVOCの限界
TVOCは初めM・lhave10)によって,次いでヨーロッパの研究委員会11)によって提案されたものであるが,TVOCの批判者はWolkoff,Anderson,Moschandraesなど56,57,58,59)少なくない。
彼らはTVOCと健康への影響,特に気道刺激との間に因果関係は存在しないとしている。Becher60)もVOC暴露と健康への影響の関係は希薄で一貫しないとみている。
彼らが疑う主な理由は室内空気質を支配する臭気成分や刺激性の微少の未同定成分も存在するのに,TVOCが一部の有機化合物だけを測定していることである56)。
測定の具体的な問題点として次のようなことがあげられる。
(i) Tenax捕集ではアルデヒド/過酸物のような反応生成物61)やオゾン/二酸化窒素とテルペン62)のような不飽和炭化水素との中間反応生成物は測定できない63)。
不飽和VOCはTenax表面で共存するオゾンと反応64)して過小評価される可能性がある65)。(ii) 臭気性物質はしばしば定量できないくらい低濃度である。
例えば4-フェニルシクロヘキサン(0.1~0.92ppb,臭気閾値:0.5ppb以下)66)カビ由来の臭気(MVOC)例えば1-ヘキサノール0.69・g/m3など67)が挙げられる。
このほかにも未だ生体に影響を与える化合物が検出されていない可能性もあり,Wolkoffは室内空気質への影響の可能性のある有機化合物として次のような物質をあげている57)。
無水酢酸,アクリル酸,t-アンモニウムを含むアミン。
イソシアネート,アルキルベンゼン,キノン,フェノール類,殺虫剤,メルカプタン,ジメチル硫黄,テルペン・スチレン・イソプレンとオゾン/二酸化窒素のような酸化性物質との反応生成物,界面活性剤のアルキルベンゼンスルホン酸のような非揮発性物質が粒子に吸着したもの。
日本で取りあげられている物質にはコンクリート床と可塑剤のフタル酸ジエチルへキシルとの反応で発生する2-エチル-1-ヘキサノールもある68)。
なお,WolkoffはTVOCの代わりにSVOC,オゾン,二酸化窒素,粉塵,浮遊微生物などを含めたIAQの総合評価を提案している69)が,異質の汚染質の総合評価法は困難で,ほとんど検討されていないようである。
先に触れた臭気性物質(臭気閾値がppbに近い低濃度のガス)は知覚空気質を支配し,その心理的な影響は大きい57)。
アメリカ環境保護庁(EPA)でも4000人の職員うち3分の1が室内空気中の一つ以上の物質に対して特別敏感であったと報告70)している。
1990年から2000年にかけてわが国でもTVOCに相対するものとし知覚空気質が取りあげられてきた71,72)。
TVOCは毒性学的基準でないことは厚生労働省の指針1),建築学会規準など5,49)でも指摘されている。
なお,毒性の異なるVOC間の重み付けは相乗作用が無視でき,相加性が成り立つ場合に個々のVOCn濃度をそれぞれの基準値(許容濃度)Tnで割ったものを加えて(ΣVOCn/Tn)求められる(この値が1以下であればよい)73)が,基準値(例えば厚生労働省の指針値)が設定されていないVOCが多い室内環境には適用できない。
一方,TVOCは分子量の異なる化合物の単純な和であるが,化学作用は必ずしも分子量(1分子あたりの重さ,VOC間で最大3倍の違い)に比例するわけではないので,化学的にみてもTVOCの表現精度は高くないことになる。
なお,田辺は北京の室内環境に関する国際会議での聞き取り調査や文献,国内での実態調査結果や使われ方などから問題点を指摘しつつ,TVOCの指針値(暫定目標値)についての合理的な再検討が社会的に必要とされていると述べている74)。