人における学童期から成人期を想定し、マウスの発達期(3~8週齢)にジノテフラン(商品名「スタークル剤」など)を投与すると、多動症に似た症状を引き起こした。また、自発運動量が増加し、うつ様行動が減少した*4。
ネオニコによってマウスはストレスに弱い状態(ストレス脆弱状態)になったのではないか。ヒトでもセロトニンが過剰に分泌されると、興奮や混乱など精神的に不安定な状態になり、またドパーミン合成が促進すると多動や精神疾患を発症する要因にもなる。
哺乳類の脳にはニコチン性アセチルコリン受容体が広範囲に存在するので影響も大きく、ネオニコによって神経伝達物質のバランスが変化した可能性も考えられる。
ネオニコの影響―オスとメスの性差
農薬と発達障害との因果関係を示唆する報告が蓄積されつつある。ヒトの発達障害の発症率、化学物質の感受性・代謝には性差(オス、メスの違い)のあることが指摘されている。
そこで、クロチアニジンを単回経口投与して、影響の性差を検証した。
その結果、オスで、不安様行動が増し、自発運動量が低下、物体認識記憶の有意な低下が認められた。
また、メスにも異常蹄鳴はみられたが、そのすべてが発情期であった。
そこから性ホルモンの量がシグナル伝達に関与し、クロチアニジンへの感受性を変化させる可能性が推定された。
ネオニコの影響―加齢と免疫反応
クロチアニジンを単回経口投与し、老年マウスと成年マウスとで不安様行動および自発運動量を比較したところ、薬物代謝に差はみられなかったものの、反応性に差が認められた。
ネオニコは胎盤を容易に通過する
妊娠中のマウスにクロチアニジンを投与して、胎子にクロチアニジンが移行することをはじめて定量的に確認した。
胎盤は関門となって毒物を通過させないとされているが、クロチアニジンは極めて迅速に関門を通過した。
クロチアニジンはマウスの体内に入った後、デスメチルあるいはデスニトロクロチアニジンに速やかに代謝され、その他の代謝物も母マウスと子マウスとで検出濃度がほぼ同じであったことから、より化学物質への感受性が高いとされる胎子への影響が懸念される。
今後の研究の課題
結論として、哺乳類の脳神経系に対して、ネオニコはこれまでの毒性試験で影響が現れないとされていた無毒性量(動物を使った毒性試験において何ら有害作用が認められなかった用量)の単回投与でも、不安行動の亢進、自発運動量の減少または増加、異常蹄鳴など、様々な行動に影響を及ぼすことが明らかになった。
とくに物体認識記憶も含めオスへの影響が大きかった。
今回の研究は、すべて無毒性量以下のネオニコをマウス・ラットに投与した実験で、神経・行動などに影響が確認されている。
このことは無毒性量の値とヒトの一日摂取許容量(ADI)*5の根本的な見直しが急務であり、また、安全性・リスク評価のためには、発達神経毒性試験を毒性試験の必須項目とすることが重要である。
医薬品は病気になった時など一時的に使用するのに比べて、農薬は毎日のように食べ物から摂取して体に入る。
それにもかかわらず、医薬品は使用前に臨床試験が行われるが、農薬についてはヒトに対して使用前に毒性試験を行うことができない。
したがって、農薬の安全性はある程度は考慮されているとはいえ、予測できない不明な点が多い。
さらに、農薬や化学物質への感受性が高い胎児や子ども、過敏に反応する人々、高齢者などに配慮したリスク評価のあり方の検討が必要である。
(報告者 水野玲子)