2-2 人間は低濃度でもにおい分子のにおいを感じる
次の特徴は、人間の鼻は、非常に薄い濃度でも感じることができるという点である。
もちろん犬にはかなわないが、最新の高感度の分析機器と比較しても、負けることはない。
アミルメルカプタンという化合物はいわゆる強烈なにおい物質の一つであるが、その濃度.00000078ppm でも、人間はにおいを感じることができるといわれている。
ppm という単位は100 万分の1ということであるから、言い換えれば、あのプロ野球で有名な東京ドーム(容積約 124 万m3)内にアミルメルカプタンをガスでわずか数 cc 程度まいただけで、ドーム内がにおってしまうのである。
アミルメルカプタンは極端な例であるが、これだけ薄い濃度でも人間はにおいをわずかにも感じることができる。
そのため、人間の鼻は、ガスクロマトグラフィーなど最新の分析機器よりも高感度に、においを検出することができる。
ここではアミルメルカプタンを例に挙げたが、それ以外にカビ臭であるジオスミン、糞便臭であるスカトール、魚の腐敗臭といわれているトリメチルアミンなども非常に薄い濃度でも人間の鼻は感じることができる。
どのような化合物が強いにおいを持っているかについては、確定した理論はないが、一般的には分子内に硫黄(S)を含んでいる化合物、窒素(N)を含んでいる化合物、アルデヒド基を持っている化合物が、においが強く、薄い濃度でもにおいを感じることができるといえる。
人間が感じる濃度の詳細については、後章に記載するとして、ここでは人間の嗅覚は比較的感度が良いことだけを述べておこう。
2-3 幅広い濃度幅を嗅げる人間の鼻
人間とにおい物質との関わりで、もう一つにおいの特徴を記載しておかなくてはならない。
この特徴とは、においを感じる人間の感覚量はにおい物質の濃度の対数に比例するというものである。
概念的には、におい物質の濃度が 10 倍になっても、人間の感覚では、10 倍には感じず、せいぜい2倍程度にしか感じないという特徴である。
この刺激量と感覚量との関係は、においに関して成り立つだけでなく、音や振動に関しても成り立つ。
人間が感じる音の程度(dB)は音の圧力(音圧)の対数に比例する。
この概念を図示したのが図-2である。
この特徴は、人間にとって優れた機能ともいえる。
すなわち、極低濃度から高濃度まで幅広いレンジで嗅ぎ分けることができるということである。
その反面、人間の嗅覚は、微妙な濃度差を識別するのは難しい。
先に記載したように人間の嗅覚は感度が高く、におい分子によっては ppb 以下の嗅覚閾値(きゅうかくいきち:においを感じ始める濃度)のものも少なくない。
図-2 におい物質の濃度と感覚量の関係
このようなにおい分子がその 1,000 倍以上の濃度である ppm 以上の濃度で存在すると、もしにおい分子の濃度と感覚量との関係が直線的であれば(比例の関係にあれば)、感覚量は非
常に大きな値になってしまい、人間の鼻は壊れてしまう。
人間の嗅覚は、幅広い濃度幅を嗅げるように、濃度の変化を多少弱めて感じるようにし、感じる濃度幅を広げているのである。
この特徴は非常に重要で、人間の嗅覚は極低濃度から高濃度までバランス良く嗅ぐことができることを意味している。
この特徴は嗅覚のみに関して成り立つだけでなく、音を感じる聴覚など他の感覚にも共通する特徴である。