(4)オフィス
先に述べたように欧米ではシックビルディング症候群が一時期,大きな問題となった。
原因は,省エネルギーのために必要換気量を減らしたことであると説明されている。
我が国では室内空気の質を表す総合的な指標である二酸化炭素濃度の基準を,省エネルギーの要請が強かった際にも変更しなかったために,必要換気量を減少させることはなく,シックビルディング症候群について欧米のような問題は発生していない。
しかし,新築のビルに入居して間もないときに頭が痛い,気分が悪くなるなどの健康上の問題が発生したということは,ときどきある。
また,オフィスにおける環境条件と知的生産性に関する研究が近年,急速に進み,例えば,換気量が多いほど知的生産性が向上するなどの成果が発表されている。
更に,省エネルギーのために暖房時や冷房時における快適温度の許容範囲に関する研究が実施され,例えば自然換気を行うオフィスの場合には,空調する場合に比べて温度の快適範囲が広がるといった成果が発表 (4) されている。
以上のようにオフィスの場合には,快適性・効率性の向上が環境調整の大きな課題となっている。
(5)その他の建物(高齢者施設,仮設住宅など)
快適性・衛生性の問題が議論されるケースが多い建物としては,以上の他に病院,高齢者施設,最近では仮設住宅があげられる。
病院は医療機関特有の問題など特殊なのでこのマニュアルでは触れていない(病院等の医療施設には健康の面から問題を抱えている方が多いことから,医療や感染防止のために固有の要求や制約が環境整備を進める上で課されている)。
換気空調方式や設備設計等も特別に配慮したものとなることから,通常の建築・設備技術者に管理を委ねることは難しいのが実態である。
従って,医療従事者については労働安全規定,患者等については施設の医療従事者の専門知識が活用されることが望ましい。
高齢者施設における環境上の課題としては,空気質,特に臭いの問題が挙げられる。
高齢者施設における臭いの発生源は,高齢者自身から出る臭い(加齢臭),排泄物,消毒・薬品などで,これらの問題を解決するためには換気が最も重要である。
換気量を増やすことはエネルギー消費の増大や快適性の低下につながるために空気清浄機が設置されるケースが多い。この問題に関しても記述されている(相談マニュアル(改訂新版)pp 141–143)。
仮設住宅は,東日本大震災の後に数多く建設された。
仮設住宅の場合は居住年数が 2 年と法律で定められているが,様々な理由により転居できないケースが多いために,最大 5 年まで認めるように変更された。
そのため土台が腐朽するといった耐久上の問題をはじめとして,様々な問題が発生しており,室内環境の面でも空気汚染,結露の発生,カビの発生といった問題が生じている。
環境上の問題は,不十分な断熱,不十分な換気が主な理由だが,結露やカビの発生は多くの家財道具や寝具,衣類を狭い空間に詰め込んでいることが大きな原因ある。
これらの問題についてもマニュアルには詳述した(相談マニュアル(改訂新版)pp 144–148)。