7.建物の用途(住宅,学校,オフィス,そのほか)と快適・健康に関わる問題
新マニュアルでは従来の公衆衛生,環境疫学,産業保健の専門家にさらに建築の専門家(吉野と大澤)が加わり,下記の(1)から(5)の重要な視点を本マニュアルの相談と対策に関わる全体の章の中に含めることができた。
「第 3 部 6 章 快適な室内環境の実現」の章では,汚染の発生源,汚染物質の放散,規制など詳細が示されている(相談マニュアル(改訂新版)pp 105–131)。以下にはその概要を示す。
(1)一般住宅における空気の質と湿気に関する問題
「シックハウス」とは,その中にいると頭が痛い,目がちかちかする,皮膚がかゆいなどの症状を起こし,離れると症状が回復するという建物のことであり,室内の空気が化学物質などによって汚染されていることが原因である。
これらの問題を解決するためには化学物質の発生を抑えることと換気を十分に行うことが必要である。
また,近年児童のアレルギー症状が増加傾向にあるが,その一因として室内のカビの発生が指摘され,この問題も換気が不十分で室内の湿度が高くなり,結露・カビが発生することから生じる。
このような建物のことを建築学分野では「ダンプビル(じめじめした建物)」と呼ぶ。
(2)住宅の低温と高温が原因となる問題
住宅の冬期の室温は,地域によりまた部屋の用途により大きく異なる。
北海道の住宅は多くの場合,住宅全体が暖房され快適な熱環境が形成されている。
また北海道以外の寒冷な地域にある都市部の新築住宅では北海道と同じように住宅全体が暖房される傾向になってきた。
しかしながら既存の住宅の多くは,暖房は居間だけで朝と晩の時間帯のみに行われている。
したがって,寝室や浴室・トイレは低い温度のままであり住宅の中で場所による室温の差が生じることになる。
このことがいわゆるヒートショックの原因となり,浴室内での溺死につながる。
これを防止するためには建物の十分な断熱化,気密化が必要である。
一方,夏期の暑い時期に室内で熱中症に罹る例が増えてきているが,これを防止するためには日射の遮蔽を十分に行うこと,適切に冷房設備を利用することが必要で,特に高齢者の場合には,環境の変化に対して鈍感になっていることや抵抗力が落ちていることもその背景にあり注意を要する。
これらの課題に関しても新マニュアルには詳しく記述した。
(3)学校の室内環境
学校の室内環境の調整は,文部科学省「学校環境衛生基準」にもとづいて実施されている。
しかし実際には,暖房時に室内に大きな温度のむらが生じる,冷房設備の運転時に換気が不十分である,児童・生徒がシックハウス症候群にかかることがある,など様々な問題が報告されている。
これらの原因としては,断熱気密性能が十分でない,暖房方式が不適切である,換気設備の運転が不適切である,などが挙げられる。
これらの問題を解決するためには,断熱改修,設備更新が必要だが,多くの場合は設備の運用が適切に行われていないことが背景にある。
したがって,環境を調整する立場にある管理者や教員が,機能を正しく理解したうえで,適切に制御することが重要である。
シックハウス問題に関してはこれまでメディアによってもシックスクールとして報道され,現在でも皆無ではないと推定される。
原因は不適切なワックスや仕上げ材の使用等が多い。
一方,熱・空気環境と生徒・児童の知的生産性に関する研究が近年進みつつあり,それらの成果を踏まえた環境調整も大切になってきている。