脳腸相関と腸内細菌
腸には独自な腸管神経系があり、中枢から自律神経を介した指令がなくとも活動できることから、腸は「第二の脳」とも呼ばれてきたが、脳のような高次機能はない。
しかし、脳と腸は相互に影響しあうことがわかっており、その関係を脳腸相関という。
さらに最近の研究では、脳腸相関に腸内細菌の働きが影響していることがわかってきた。
腸内細菌の異常は、脳神経系の疾患とも関連している可能性が指摘され、特別な型の自閉症(後退性自閉症)や統合失調症、パーキンソン病との関連などが報告されている。
自閉症などの治療に、腸内細菌バランスの改善が試みられ、症状が改善されることもあり、注目されている。
最近の研究では、腸内細菌を持たない無菌マウスにストレスを与えると、ストレスホルモンが上昇し、脳神経系に障害が起こると報告されている*11。
この無菌マウスに善玉腸内細菌を与えたところ、ストレスホルモンが減少し、障害が回復した。他の実験でも、腸内細菌と脳の情動などとの影響に関わる研究が進み、有益な常在菌の存在が脳に良い影響を及ぼすことが示唆されている。
腸内細菌が脳に影響を及ぼす経路については、神経系を介した影響、免疫系を介した影響、腸内細菌が産生する生理活性物質が血液を介して及ぼす影響などが考えられており、現在も研究が進んでいる。
腸内細菌を脅かす環境化学物質
腸内細菌の異常を起こす原因物質として、①抗生剤、抗菌剤*12の乱用、②除菌剤、殺菌剤の乱用、③抗菌剤、除草剤、殺虫剤などの農薬が報告されている。
今では規制されているが、従来、抗生物質の効かないウイルス性の風邪でも、予防薬として抗生剤が投与されてきた。
病原菌の治療に、抗生剤、抗菌剤は重要だが、乱用すると腸内細菌のバランス異常を起こす危険性は考慮されてこなかった。
特に未成熟な新生児や小児期に抗生剤を多用すると、腸内細菌に異常が起こって、アレルギーが発症しやすくなることが報告されており、抗生剤の使い方には注意が必要だ*13。
抗菌剤(抗生剤)は、人間だけでなく家畜の細菌感染治療、さらに家畜の飼料添加物や魚の養殖、農薬としても多量に使われている。
2011年厚労省の資料*14によれば、日本全体の抗菌剤使用量の内訳は、人間の医療用33%、家畜の動物医薬品45%、家畜飼料添加物13%、農薬9%となっている。
抗菌剤の乱用による強毒性の薬剤耐性菌の大発生は、世界中で問題となり、抗菌剤の使用規制が進み、日本でも医療分野で取組が始まっている。
厚労省によれば、日本における薬剤耐性菌の検出率は、ペニシリン耐性肺炎球菌では世界一位となっており、早急な対応が必要だ。
除菌剤や殺菌剤の乱用も問題だ。
日本人は清潔好きだが、無差別に細菌を殺すような除菌剤や殺菌剤の多用は健康障害を起こすことがある。
アトピー性皮膚炎では、皮膚の過剰な除菌は、表皮の常在菌のバランスをくずし、症状が悪化すると警告されている。
抗菌剤、除草剤、殺虫剤などの農薬も、腸内細菌に異常を起こす報告が多くある。
農薬の毒性試験には、腸内細菌への影響は入っていないが、今後必要になるのかもしれない。
以上、人間に共生するマイクロバイオータ、なかでも腸内細菌について最近の知見を概要した。
現代社会では、環境ホルモン作用や発達神経毒性をもった人工化学物質が健康障害を起こしているだけでなく、抗生剤、抗菌剤、除菌剤、殺菌剤の乱用が重要な共生細菌、腸内細菌のバランス異常を起こして、私たちの身体に悪影響を及ぼしていることが明らかとなってきている。
私たち人間は、地球生態系の一員であることを再度自覚する必要があるだろう。
(文責・木村‐黒田純子)
*11 須藤信行「脳機能と腸内細菌叢」『腸内細菌学雑誌』2017年31巻1号 p.23-32
*12 抗生剤、抗菌剤、除菌剤、殺菌剤の違い:抗生剤はアオカビなどから発見された天然の物質で、細菌特有の細胞壁を壊すなどして増殖を抑制する。
抗菌剤は抗生剤と同様の作用を持つが、人工的に合成された物質で、抗生剤を含む場合もある。除菌剤は消毒用アルコールや次亜塩素酸など、細菌数を減らす効果を持つ。殺菌剤は細菌の代謝系、細胞分裂、タンパク合成、核酸合成などを阻害して細菌を死滅させる。
*13 山 本 太 郎『抗 生 物 質と人 間―マイクロバイオームの危機』岩波新書、2017年
*14 厚生労働省によるAMRの取組、2017年
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000180881.html