アレルギー増加の原因「衛生仮説」から「旧友仮説」へ*9
近代社会では、衛生状態が良くなり寄生虫感染が激減したため、攻撃対象を失った免疫系が暴走して、アレルギーが急増したとする説を「衛生仮説」という。
この説はアレルギー増加の原因として支持されてきたが、一方で自己免疫疾患の急増については説明が付かなかった。
最近の研究から、多様な種類の免疫細胞のうち、病原菌、ウイルス、寄生虫それぞれへの攻撃を誘導する3種類のヘルパー T細胞と、このヘルパー T 細胞が暴走するのを抑える抑制性 T 細胞の存在がわかってきた。
ヘルパー T 細胞のうち、IgE という抗体の産生を誘導するタイプが暴走するとアレルギー反応が起こり、別の特定なヘルパー T 細胞が暴走すると自己免疫疾患が起こるとわかってきた。
これらの暴走を抑える抑制性 T 細胞は、腸内免疫系に多く存在し、さらに腸内細菌がこの抑制性T 細胞を増やす役割を担っていることがわかってきている。
抗生剤などの乱用で腸内細菌のバランスが崩れ、抑制性 T 細胞が正常に働かなくなったことにより、アレルギー反応が起こるという説を「旧友仮説」という。
腸内細菌は、古くから人間の友であるのかもしれない。
腸内細菌の異常はアレルギー、自己免疫疾患、肥満、糖尿病など多くの疾患との関連が指摘されている。
近年急増している潰瘍性大腸炎は、自分の大腸粘膜を攻撃する免疫が働いてしまう自己免疫疾患で、健康な人間の腸内細菌を移植する糞便移植法に効果があるという報告もある。
子どもの発達に重要な腸内細菌
バランスの良い腸内細菌は、子どもの健康な発達にも重要であることがわかってきている。
子宮内の胎児は基本的に無菌状態だが、子どもは出産時、膣を通りながら母親のマイクロバイオータをもらって生まれる。
膣には乳酸菌が多く、出産時にはさらに腸内細菌の種類が増えるといわれている*10。
生後も授乳や、親と接する過程で様々な細菌を取り込み、乳児期後期には独自のマイクロバイオータを持つようになる。
母親の膣からもらう細菌類は、子どもの免疫系の発達に重要で、帝王切開の子どもでは、アレルギー発症のリスクが高いと報告されている。
最近では帝王切開を行った場合に、母親の膣成分を含んだガーゼで新生児の口や体を拭って、自然分娩に近い状態にする試みが始まっている。
*9 アランナ・コリン著、矢野真千子訳『あなたの体は9割が細菌―微生物の生態系が崩れはじめた』河出書房新社、2016年*10 同上