・https://www.niph.go.jp/journal/data/64-6/201564060006.pdf
「電磁過敏症」とは何か?
宮城浩明
日本エヌ・ユー・エス株式会社 社会環境デザインユニット
What is “electromagnetic hypersensitivity”?
Hiroaki Miyagi
Social and Environmental Design Unit, Japan NUS Co., Ltd.
抄録
各種の機器から発せられる電磁界に一般公衆がばく露される機会が増加している.
これに伴い,電磁界による潜在的な健康影響についての懸念,とりわけ,頭痛,けん怠感,目眩,睡眠障害といった各種の非特異的な身体症状が生じるという主張がある.
これらの症状は「電磁過敏症」と呼ばれており,苦しんでいる人々のwell-beingを損なう場合がある.
そうした人々の懸念は正当なものであるが,これまで実施されてきた研究では,これらの症状と電磁界ばく露との因果関係を示す証拠は認められていない.
本稿では,この「電磁過敏症」に関する現時点での知見について概観する.
キーワード:電磁過敏症,EHS,非特異的な身体症状,NSPS
I. はじめに
明確な病理学的根拠がなく,医学的に説明のつかない非特異的な身体症状(non-specific physical symptoms:NSPS)に苦しむ人々は,自身の状態は何らかの環境因子への低レベルばく露のせいだと考えることがしばしばある.
電磁界もNSPSを引き起こす因子の一つとして疑われている.
低レベルの電磁界ばく露が原因とされるNSPSは「電磁過敏症」(electromagnetic hypersensitivity:EHS)またはこれに類似した用語で呼ばれている.
しかしながら,現行のばく露限度よりも低いレベルの電磁界がこうした症状を引き起こすことを説明し得る,一般的に受け入れられている生体電磁気学的機序は認められていない(AGNIR [₁]).
「電磁過敏症」という用語は,電磁界がNSPSの原因として確立されているという印象を与えるため,これに代わるものとして「電磁界が原因とさ れ る 本 態 性 環 境 不 耐 症(idiopathic environmentalintolerance attributed to electromagnetic fields: IEIEMF)」という用語が提唱され(Hillertら [₂]),査読付き論文で用いられるようになっているが,一般的には定着していない.
このため本稿では,電磁界が原因とされるNSPSを「電磁過敏症」またはEHSと表記するが,このことは,電磁界ばく露とNSPSとの因果関係が認められているということを意味するものではない.
EHSに関連する症状は多種多様で,一貫性のある症候群 は 同 定 さ れ て い な い(Hillertら [₃];Eltitiら [₄];Rubinら [₅];Augnerら [₆]).一般的なものとしては,頭痛,けん怠感,目眩,睡眠障害,集中困難,皮膚の発赤,チクチク感,灼熱感といった,主に自律神経系及び皮膚の症状である(Hillertら [₃],[₇];WHO [₈]).
推定されているEHSの有病率も様々で,症例の定義の厳格さに依存する(Baliatsasら [₉]).
例えば,疫学研究では,EHSの人々を同定するクライテリアが「電磁界ばく露を原因と考えること」である場合,有病率は₁₈%に達する(Mohlerら [₁₀])が,より詳細なクライテリアを適用した場合は₁.₅%から ₅ %である(Hillertら [₃];Levallois[₁₁];Schreierら[₁₂];Schröttner及びLeitgeb [₁₃]).
クライテリアに関わらず,EHSは男性よりも女性に多く,₄₀歳以上でより一般的である(Baliatsasら [₉]).
EHSはしばしば,社会的,職業的,精神的な機能障害と関連付けられている(Röösliら [₁₄];Carlssonら [₁₅];Tsengら [₁₆]).
極端な事例では,苦しんでいる人々は自身にとって有害と考える電磁界から逃れるため,現代社会からの隔絶を余儀なくされている(Boydら [₁₇]).
以下に,EHSに関する実験研究及び観察研究からの証拠についての概観を示す.