(7)安全衛生教育義務について
ア 被告は,安衛法及び安衛則上,労働者を雇い入れ,又は労働者の作業内
容を変更したときは,遅滞なく,原材料等の危険性又は有害性及びこれらの取扱い方法に関すること等について教育を行なわなければならないとされているところ(安衛法59条,安衛則35条),原告は,使用する化学物質の有害性や取扱い方法など必要な教育をほとんど受けなかったと主張するとともに,その旨の供述する(甲41,原告本人)。
ア しかしながら,本件では,原告が平成6年5月,被告において,有機溶剤主任者の資格を取得したこと(乙59の1・2),配転時の教育として,「イヒ学薬品及び分析検査物質の取扱い方」,「保護具の取扱いと性能点検」,「作業前,作業後の心得,安全,衛生の概要「イヒ学物質による健康障害」という教育項目で,各1時間程の教育が実施されたこ・と(乙59の10)が認められる。
これらの事実に照らせば,被告は,安衛法及び安衛則上要求ざれる安全衛生教育を怠っていたと認めることはできない。
イ なお,原告は,クロロホルムについては,別途クロロホルム指針が定められ,特別の安全教育が求められているところ,原告がそのような安全教育を受けたことはなかった旨も主張し,同旨の供述をするが,具体的な義務及び義務違反行為が特定されておらず,まだ,同指針の存在を前提としても,上記アで認定した事実に照らせば,被告め義務違反があったと認めるには足りない。
(8)貯蔵管理義務について
ア 被告は,有機則上,有機溶剤を屋内に貯蔵するときは,有機溶剤等がこぼれ,漏えいし,しみ出し,又は発散するおそれのない蓋又は栓をした堅固な容器を用いるとともに,その貯蔵場所に,有機溶剤の蒸気を屋外に排出する設備を設置する義務を負うところ(有機則35条),原告は,110号室において,液クロ装置から有機溶剤溶液を回収していたガロン瓶は及び有機溶剤廃液,を捨てるポリタンクは,いずれも密閉構造になっておらず,溶液が溢れていたり蓋が常に開いていたりしており,有機溶剤が発散する状況であっ・たと主張し,その旨の供述をする(甲41,原告本人)。
イ しかしながら,有機則35条による規制は容器を密閉することまで求めるものではないところ,ガロン瓶については,アルミホイルで蓋をしていたこと(証人㎜)ポジタンクについては,蓋付きの漏斗が設置されていたこと(甲7の4)がそれぞれ認められ,蓋が常に開いていたとの原告の供述については,これと反対趣旨の証人㎜の供述に照らし,直ちに信用することができない。
したがって,被告に貯蔵管理義務の違反を認めることはできない。
(9)健康管理義務について
ア 原告は,安衛法22条,23条,6/5条,65条の3を根拠に,被告には,平成11年9月又は平成13年7月の時点で,速やかに原告の症状の原因や作業環境に問題がないかを調査し,局所排気装置の設置など作業環境の改善措置を講じるか,又は原告の作業内容を有機溶剤の曝露のない作業に変更するなどの配置転換をして,少なくとも原告の症状を悪化させることのないよう適切に原告の健康管理をする義務があったこと,それにもかかわらず被告は原告からの配置転換の申出などを拒否して従前どおりの就労を命じたことを主張し,これに沿う内容の供述をする(甲41,原告本人)○
かかる原告の主張のうち,作業環境測定に関するものについては,前記(4)で既に述べたので,以下,配置転換義務を中心に検討する。
認定事実(5)ア及び(6)イのとおりく,原告は,平成13年6月頃に,上司に対して,職場にいる限り後鼻偏,微熱,尊麻疹等の症状が続くため異動を希望している旨述ぺたこと及び平成13年7月にそれまでの検査分析業務から外れて家庭品グループに異動になったことが認められる(甲41,原告本人)。そして,それ以前に原告が上司に対して職場環境を理由に体調不良や異動の希望を述べたと認めるに足りる証拠はないことにも照らせば,平成11年9月時点で直ちに配置転換をする義務が生じたと認めることはできない。
また,平成13年7月の時点では,前記のとおり,原告からの異動の希望があったところ,被告はこれに対応して家庭品グループヘ原告を異動させ,検査分析業務から外したのであるから,配置転換義務の違反はなく,同グループにおいても原告がガスクロ装置や液クロ装置のトラブル対応を行っていた事実は認められるものの(甲28の2),そのことのみをもって健康管理義務に違反したと認めることはできない。
ウ その後についても,原告は,それら就労場所も化学物質の曝露を避けられるものでばなかったりするなど,いずれも劣悪な就労環境であった旨主張する○
しかしながら,認定事実(1)のとおり,化学物質過敏症に罹患すると,通常人では反応しない微量の化学物質にも反応し,体調悪化するというものであるところ,北学物質への曝露が明らかに予測される場合を除き,いかなる場所で化学物質過敏症に罹患した従業員の体調が悪化するかを事前に予測することは困難といえるから,使用者としては,従業員からの申し出があってから,これに対応するほかなく,かかる対応が合理的なものであれば,義務違反は認められないと解すべきである。
そして,本件では,認定事実(5)及び(6)のとおり,被告は,原告からの体調不良の申出を受けて・,複数回就労場所を変更しており,その判断に合理性を欠くとは認められない。
なお,原告は,星和寮大浦棟41号室のホルムアルデヒド濃度が基準値を超過していて問題がある旨主張し,それに沿う平成22年8月24日付けの測定結果を証拠として提出するが(甲12),同時期及びその後に被告が行った測定結果においては,ホルムアルデヒド濃度の基準値超過は認められないことに照らせば(乙3~54),前記原告提出の測定結果をにわかに採用することはできず,原告の主張は採用できない。
小括
以上のとおり,被告には,雇用契約上の安全配慮義務の内容としての局所排気装置等設置義務,保護具支給義務及び作業環境測定義務の各違反が認められる。
そして,各義務の法令上の基準は,作業従事者の健康被害を防止するために設定されたものであるから,被告の上記各義務違反がなければ,症状発現につながるような原告の有機溶剤及び有害化学物質への曝露を回避することができたと推認することができ,かかる推薦を妨げる事情は,本件全証拠によっても認められないことからすると,被告の安全配慮義務違反と原告が化学物質過敏症に罹患したこととの間には,相当因果関係があると認められる。