2 争点
(1)原告の症状と業務との間の因果関係の有無(争点1)
(2)被告の安全配慮義務違反の・有無(争点2)
(3)損害の有無及びその額(争点3)
(4)消滅時効の成否(争点4)
(5)自由定年制度に基づく退職金請求権の成否(争点5)
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3 争点に関する当事者の主張
(1)争点1(原告の症状と業務との間の因果関係の有無)について
(原告の主張)
ア 本件検査分析業務の内容
原告は,平成5年9月から平成13年6月まで,ガスクロ検査業務,アニオン界面活性剤含量測定業務等の本件検査分析業務を行っていたところ,検査に用いる器具をクロロホルムやノルマルヘキサンで何度も共洗いし,試料の前処理作業に有機溶剤を使用するなど,多数の有機溶剤や有害化学物質を大量に使用していた。
また,ガスクロ検査業務は,通常の生産分にりいて一日に少なくとも20件から60件程度,臨時に行う試作品の検査は,数週間から数か月の間,ほぼ毎日数個から数十個の検体の測定を行った。アニオン界面活性剤音量測定業務は,週1,2回程度の定期的な測定のほか,一日で何十個も測定する臨時の測定があった。
このように,原告は,毎日大量の本件検査分析業務を行い,有機溶剤や有害化学物質を使用していた。
イ 作業環境
原告は,ガスクロ検査業務を本件工場内の研究本棟の107号室で行い,アニオン界面活性剤含量測定業務を同棟の110号室で行っていたところ,1 0 7号室には,狭い室内にガスクロ装置が約30台設置されており,そこから排出される熱によって,室内は常に温め続けられていた。
そのため,独立で運転できる空調が備えられた平成9年頃までは,研究本棟全体の冷房運転が開始される7月頃から9月頃を除きI,室内の気温は常に30度を超えており,6月や10月頃には4 0度を超えることもあり,高温によって有機溶剤が発散しやすい状況であった。
また,1 0 7号室の出入りロは四隅のうちの2か所のみであり,いずれからも外気が直接導入されない構造であるところ,設置されていた換気扇は使用電源が抜かれ使用できない状態であり,同室ではほとんど換気が行われていなかった。
107号室には,法令上設置が義務付けられている局所排気装置も設置されていなかった。
110号室には,液クロマトグラフという装置(以下「液クロ装置」という。)から有機溶剤溶液を回収するガロン瓶が設置されていたところ,ガロン瓶には栓や蓋がなく,また,有機溶剤がガロン瓶から溢れていることも頻繁にあったため,ガロン瓶の周辺では,常に気化した有機溶剤が発散していた。
また。不要な液体を捨てるポリタンクも設置されていたところ,その蓋は密閉されずに常に漏斗が差された状態のままであったので,ここからも化学物質が大量に発散していた。
110号室に設置されていた換気扇は使用されず,窓は鉄枠が錆びて開かないため,室内の換気はほとんど行われていなかった。
なお,1 10号室には局所排気装置であるドラフトが2機設置されていたものの,他の職員が使用する機材が常に置かれており,また,原告が使用しようとすると他の職員が原告の作業中の検体を破棄するなど嫌がらせ行為をしてきたため,原告はドラフトを使用することができなかった。
ウ 原告の症状
原告には,平成6年秋頃から,手の指先のしびれ,微熱,頭痛,嘔吐,下痢,咳,胸の痛みなどの症状が生じるようになり,次第に悪化したため,上司に症状を訴えて異動及び転勤等を求めたが,上司ぱ,風邪か花粉症ではないかと言って,原告の求めに取り合わなかった。
平成13年6月頃,には,化学品の本件検査分析業務の担当から外れ,同年12月には本件工場内の事務棟において,事務作業を担当するようになったが,ガスクロ装置や液クロ装置のトラブル対応で研究本棟に呼び出されることが多く,また,本件工場では化学物質を使用する製品を大量に製造しており,事務棟内部においても,被告の製造製品が大量にあり,その化学物質に反応してしまうことから,原告の症状は悪化し続けた。
その後も就労場所の変更が複数回行われたものの,いずれも化学物質の曝露を避けられる場所ではなく,原告の症状は悪化し続け,有機溶剤のみならず洗剤の匂いなど日常‘の 様々な化学物質に反応し,体調が悪化する状態となった。
そして,最終的 に,強い全身倦怠,四肢の感覚異常,一時的な麻庫やひきつり,断続的な全身の痙単,視覚異常,思考力や集中力の低下及び突発的な激しい動悸等の症状が生じるようになった。
現在は,自宅療養に努めているが,大幅な回復は見込めない状況にある。
エ 小括
このように,原告は,換気が行われず,有機溶剤が充満している状況の中,大量の有機溶剤を取り扱う業務を行っていたのであり,本件検査分析業務を行う中で,大量の有機溶剤の曝露を受けたことは明らかである。
そして,これにより,有機溶剤中毒に罹患し,‘その後,有機溶剤のみならず様々な化学物質に反応して体調が悪化する化学物質過敏症に移行したので あるから,原告の行っていた本件検査分析業務と症状との間の因果関係はある。