・医療費の抑制にもつながる
東京大学の片岡一則教授
国立がん研究センターの調査によると、2011年、新たにがんと診断された人は85万人強(推計値)に上る。
高齢化の進行と相まって医療費の上昇も懸念されるが、「これまでに開発されてきた薬がDDSによって真価を発揮できれば、がん治療の進歩だけでなく、医療費の抑制など様々な点で役に立つ」と片岡教授は強調する。
片岡教授がナノカプセルを使ったDDSの仕組みを思いついたのは1980年代のことだ。
当初、国内での反応はいまいちだった。
肉眼で見えず検証しにくい技術であることに加え、医学からは遠い工学的なアプローチだったことが大きい。
しかし、この分野にいち早く注目し、研究を進めていた国があった。米国だ。
「今すぐ米国に来て、シンポジウムに参加しないか?」。
1989年2月、日本時間の早朝、片岡教授の元にこんな電話がかかってきた。
聞けば、2年に1度開かれるドラッグデリバリーのシンポジウムで欠席者が出たため、講演者の枠が1つ余っているという。
「発表用のスライドも作っていないんですが」と戸惑う片岡教授に、先方は「そんなものはこちらですぐ作れる」と強く参加を勧めた。
結局、片岡教授は着の身着のまま、米国行きの飛行機に乗った。
学会で片岡教授を待っていたのは、国内で経験したことのない大きな反響だった。
この反響が日本に逆輸入され、徐々に日の目を見ていくことになる。
ナノカプセルを使用した抗がん剤は、ナノキャリア以外の企業と共同で開発しているものもある。
臨床試験も始まっており、早いものでは、有効・安全性を検証するため多数の患者に投与する「第Ⅲ相」まで進んでいる。
副作用を抑えた抗がん剤の実用化は現実味を帯びてきたが、片岡教授やナノキャリアの見ている世界はさらにその先だ。
例えば、脳に関わる治療。
脳には血液脳関門というバリアー機能があり、血液中に含まれる有害物質が脳に届かないように守っている。
そのため、脳腫瘍ができても、抗がん剤がうまく腫瘍部分に届かない。
このバリアー機能を通り抜ける方法として、ナノカプセルを活用すべく研究を進めている。
片岡教授の最終目標は、病気の治療だけでなく、予防もしくは早期発見までを一貫して行う「体内病院」の実現にある。
「最先端の技術開発を進めることで、技術のすそ野を広げたい。
今の研究の柱の1つが、再生医療への活用だ」。
片岡教授は早くも、次の目標へと走り出している。