・通勤電車に乗れず退職
協力はしてくれるが職場で孤立
職場が原因で発症し、かつ退職まで余儀なくされるなど、深刻な例もあった。
「同僚の衣類の強い香りや香水が苦しく、上司に改善を訴えたが、取り合ってもらえない。結局、退職しなければならなかった」
「通勤の電車に乗ることができなくなり、退職に追い込まれた」
相談を寄せた人たちが訴えた内容は、次の3点にまとめることができる。
まず、頭痛をはじめとする健康被害が続き、普通の生活が困難になっていること。
次に、周囲からは「ニオイに神経質な特殊な人間だ」と見られ、苦しさを理解されず、孤立しがちであること。
そして三つ目が、決して個人の問題ではなく、誰でも被害を受ける可能性のある一種の「公害問題」であることを広く知らせてほしいということだ。
神戸市のAさんは発症後、職場の所属長の許可を得て、朝礼で自身の症状を説明し、使ってほしくない洗剤・柔軟剤を知らせて協力を呼びかけた。
同僚はある程度は協力してくれているが、使い続ける職員もいて、しんどさは軽減されない。とくに夕方、空調が止まったとたんに苦しくなる。
異動のたびに同じようなお願いをすると、所属長も同僚も理解し、ある程度は協力してくれる。
しかしそれ以上を望むと、わがままと受け取られかねないと自覚している。
そもそも、同僚が選んで使っている商品をやめてほしいとお願いすること自体、非常に心苦しいことだ。
住まいは変えた。集合住宅で安穏に暮らしていたが、MCS発症のころから、隣家から流れてくる柔軟剤・洗剤のニオイに反応するようになり、帰宅・在宅が不安でたまらなくなった。
隣家に協力を求めたが、安心して暮らせるほどには改善しない。
やむなく、賃貸の戸建て住宅に転居した。
体験者しかわからない
誰もが“加害者”になる
Aさんによれば、ニオイ物質は花粉症用マスクや活性炭入りマスクでは除去できず、空気清浄器(プラズマクラスター)も効果がない。
大阪市のクリニックへ通院しているが、症状にはかばかしい改善はなく、規則正しい生活に努めるくらいしか対策はない。
通勤電車などでは強いニオイが漂ってこないか常に気を配る。
職場では日ごろから低姿勢で上司・同僚に接する。
ストレスはたまるばかりだが、気分転換に映画館や劇場に行こうと思っても、不安が先に立って行けない。
月に2度ほど通院する鍼灸院が唯一といってもいい助けだ。
そこの先生がMCSから回復した経験を持つので、ぼやきや嘆きを聞いてもらい、心のバランスを保っている。
妻は理解・協力してくれるが、心から共感はしていないようだ。
MCSの苦しさは、体験者でないとわからないのだ。
孤独感が募る。
誰もが加害者になる可能性があり、誰もがいつ発症するかもわからない中で、Aさんのような重症者の「予備軍」は確実に増えている。
(ジャーナリスト 岡田幹治)