・農薬とパーキンソン病
農薬とパーキンソン病の関連は、最初に疫学研究で示唆され、最近になって実験研究でも証明されるようになった。
実験研究は短期間で結果を出す必要があるため、多量あるいはやや多量が投与されているが、毒性影響が累積的であるならば、人間は数十年(50-60年)の被ばくを受けてから発症すると考えられるため、実験研究を現実離れしていると単純には否定できない。
実験的研究
動物にパラコートを投与すると、パーキンソン病の場合と同じように、脳の中の一部(黒質)のドーパミンを伝達物質として使う(ドーパミン作動性という)細胞の変性が起こることが1999年に証明されている(「化学物質問題を考える」中の「農薬」、「農薬と神経系」を参照)。
MPTP(正確には酸化された形で)は、ドーパミントランスポーター(細胞膜にあるドーパミンを取り込むたんぱく質)によって黒質の細胞に取り込まれ、ミトコンドリア内に入り、酸化的燐酸化に関係する酵素(複合体Ⅰ)を阻害する。このことがパーキンソン病状態の発症に関係している可能性がある。
ロテノンによるパーキンソン様症状・病理状態の発生
天然系の殺虫剤として、農薬や獣医薬として使われる物質にロテノンがある。ロテノンはMPTPと同じように、ミトコンドリア内の同じ酵素を阻害する。
2000年、米ジョージア州にあるエモリー大学Emory UniversityのベターベBetarbetらの研究グループは、ロテノンをラットに投与し、パーキンソン病類似の病気が発生することを確認した (4)。
最初は1日に1-12 mg/kgのロテノンを投与した。多量のロテノンは短期間に全身毒性を発揮し、心血管系に影響を与え、脳への影響は非特異であった。
量を少なくすると全身毒性は少なくなり、ドーパミン作動系の変性が特異的に起こった。この量は1日2-3 mg/kgであった。
7日~5週間の連続投与の後、25匹のラットの中のほぼ半分で黒質線条体ドーパミン作動系の選択的な破壊が確認された。破壊される場所も人間のパーキンソン病に似ていた。
ラットの行動も動きが少なく猫背になり、筋強剛や振戦を示す場合も出現した。
サルにロテノンを投与すると、ラットの場合と同様に黒質の細胞の脱落が起こり、人間のパーキンソン病で見られるような封入体が細胞内に見られ、2年間の投与でパーキンソン病の症状が現れたことが、2004年10月末の米国神経学会で報告された。(22)
ドーパミン作動系が選択的に冒された理由について次のように説明されている。
脳内のロテノン濃度はミトコンドリアの働きを完全に阻害するほど十分ではなく、働きを一部阻害するにすぎない。
このため、エネルギー(ATP)生産が不足したためにドーパミン作動系が破壊されたとは考えられない。
ロテノンによる一部酵素の阻害は活性酸素の生産を増加させ、酸化的ストレスに対する感受性の増加が以後の変性を招いた可能性がある。
このようにミトコンドリアの酵素(複合体Ⅰ)を阻害するような天然の物質や合成農薬のような環境中の毒物が、パーキンソン病の発症に関連し得ることを示しており、このような物質は多数知られているという。
ロテノンと同じミトコンドリア複合体1を阻害する農薬の影響
2003年11月の米国神経学会で、エモリー大学の研究グループは、ミトコンドリアの複合体Ⅰを阻害する農薬、ロテノン及びピリダベン、フェナダベン、フェンピロキシメートの影響をインビトロで調べた (21)。
神経芽細胞種の培養細胞をこれらの農薬に曝し、細胞の死を観察した。
その結果、ピリダベンは最も強力な化合物で、細胞の死は10 pMという低濃度で起こった。
次に強力なのはロテノンで、フェンピロキシメート、フェナザキンと続いた。
ピリダベンはロテノンより強力にミトコンドリア呼吸を阻害する。ピリダベンは殺ダニ剤として使用されている。
ロテノンとアポトーシス(細胞の自殺)との関連
コロラド大学保健科学センターのアーマジのグループは、ロテノン誘導ドーパミン細胞死の機構を調べるモデルとして胎生15日のラットの中脳腹側部の培養を用いた。(20)
培養組織をロテノンに曝した11時間後、これに対してすべての神経細胞は73%生き残っていたが、ドーパミン(作動性)細胞は急速に減少し、23%の細胞しか生き残らなかった。このことはドーパミン細胞はロテノンに敏感であることを示す。
細胞が死ぬ場合には、障害を受け壊死する場合と、細胞がプログラムされて死ぬ場合(あるいは自殺)がある。
後者をアポ(プ)トーシスという。アポトーシスは正常の発生過程で起こることも、病的な過程で起こることもある。
ロテノンにドーパミン細胞をさらすと、アポトーシスを起こす細胞が増加する。
このアポトーシスを起こしているドーパミン細胞の増加は、活性型カスペース-3免疫養成細胞の増加と相関していた。
カスペース-3の阻害剤によって有意な数のドーパミン細胞がロテノンによる死を免れる。
この研究はロテノンが微量でカスペースー3を媒介するアポトーシスを誘導することを示す。
このことはパーキンソン病に対する治療に役立つかもしれない。(20)
除草剤と殺菌剤との組み合わせによるパーキンソン様行動と病理状態の発生
最近の別な研究は個々の物質の投与ではパーキンソン病が発症しないが、組み合わせると発症するという結果を示している (5)。
除草剤パラコートへの職業被ばくとパーキンソン病とが関連するという報告がある。
実験動物にパラコートを投与すると、血液脳関門に妨げられはするが脳内に侵入することが知られおり、脳のドーパミン作動系に悪影響を与える。
ジエチルジチオカーバメート系の殺菌剤は、先に述べたMPTPのドーパミン作動系に対する毒性を増強することが知られている。
この系統の殺菌剤の一つ、マネブは歩行運動を減少させることが知られており、MPTPの影響も強める。
このようなことから、サルチェルバンThiruchelvamらはパラコートとマネブをマウスに投与して、パーキンソン病との関連を調べた。
食塩水やパラコート(10 mg/ kg)、マネブ(30 mg/kg)、あるいはパラコート+マネブを週2回6週間投与し、最終投与後1時間から7日後に殺した。
マウスの運動は注射1、4、8、12回目に測定した。注射直後にパラコート+マネブを投与した群で有意に低下し、12回目には対照群(食塩注射)の9%になった。
注射後24時間の回復する時間を与えて運動を測定した場合、注射1、4、8回後は有意な減少は見られなかったが、注射12回後には有意な減少が見られた。
神経伝達物質ドーパミンを作るのに必要な酵素、チロシンヒドロキシナーゼを投与終了3か月後に測定した場合、パラコート+マネブ投与群のみが有意な低下を示し続けていた。
その他に、パラコート+マネブ投与群のみが黒質の細胞数減少を招くなど、人間のパーキンソン病で見られる病変が見られた。
これらの結果は、パラコートとマネブが黒質線条体ドーパミン作動系に対して相乗的に働き、その作用は被ばくが継続すると進行性であり、不可逆的であることを示している。
黒質の細胞に選択的に作用するメカニズムは不明である。
実際の被ばくは投与量よりは小さいと考えられるが、著者らは、実験は6週間でしかなく、人間の被ばくはずっと長引くことを指摘している。
パラコート+マネブ投与の影響は先に述べたように累積的であり、長期間回復しない。
ジチオカーバメート系殺菌剤とパラコート除草剤を使う地域が重なり合うこと、また両者が食品に残留していることが指摘されている。
著者らは個々の物質のリスクアセスメントは単一の物質の無影響レベルに基づくが、個別に投与した場合はわずかな影響しか示さなくとも、組み合わさると相乗効果を示す場合があるので、リスクアセスメントは見直すべきであると主張している。
このような被ばくだけでパーキンソン病を発症させるとは思われないが、過敏な遺伝的素因の人が被ばくするといった遺伝子・環境相互作用などが病因となると考えている。