第III部 室内の環境に関わる要因の把握と 快適な環境の実現
第 6 章 快適な室内環境の実現
第6章 快適な室内環境の実現
6.1. 汚染の少ない建物とは
室内空気汚染は、健康に影響を及ぼす物質が室内空気中に滞留して起きる現象ですから、 汚染濃度の低い環境をつくり、維持することが快適な室内環境づくりの当面の目標になります。
話を簡単にするため、吸着・分解など複雑な現象を無視すると、対策の基本は「汚染発生
の発生・流入を抑える」ことと、「換気により速やかに希釈・排出・排除を図る」の二つの方策 に尽きると言えるでしょう(図 6.1.1.)。
ここでは、汚染物質発生の源である建物の内装や構造体の選定・設計が室内空気の健康性 にどのように係わっているかを、環境工学の視点から換気対策と関係づけながら説明していき ます。換気に係わる気密性や換気・空調設備については「第6章3節 換気の重要性」、建築 法規制については「第 4 章室内環境に関わる規制」、カビなど生物汚染については「第 6 章 4 節 高湿度環境への対応」を参照して下さい。
従来から建築分野では、外界の大気汚染、ストーブ・調理機器等からの燃焼排気、人体からの 呼気などを汚染源として扱い、建築基準法でも換気や通風の手だてが論じられてきました。
し かし、現代の建築物には構造強度、接着、可塑、防虫・防蟻、防腐・防菌・防黴、防炎、防汚 など様々な性能・効果を実現するため、多くの薬剤・人工化合物が用いられています。
近年では それらなしに効率的で快適な建築の足元を支える材料製造、設計施工を行うことは、技術的に もコスト的にも非常に難しくなっています。一方、家具や電気機器、装飾品など持込み品から の発生も日常化して汚染発生を完全に断つことが難しくなる中、発生源や発生メカニズムを踏 まえて、定量的・科学的に健康影響を防ぐ方法を考えていく必要が高まっています。
また省エネルギー対策の一環として 1980 年代から先進諸国で進められた建築物の過激な換 気削減策等が建築物内の居住者に及ぼす健康影響が「シックビルディング症候群(Sick Building Syndrome)」として顕在化したことも忘れてはいけません。わが国でも当時の調査 研究により、微粒子や気体の形で室内空気中に様々な物質が検出されて、その対応が社会的な 課題となりました。
しかし、幸い、わが国の一般建築物(公共性が高い特定用途で延床面積が 一定以上の建築物が対象)においては建築物衛生法により室内の二酸化炭素濃度を 1000ppm 以 下に保つことが定められ、行き過ぎた換気量削減に歯止めがかけられていました。
本来、二酸 化炭素濃度は全体的な空気の汚れの総合指標として採用された項目で、今日のシックハウス防 止を意識したものではなかったのですが、結果的に大型施設の空気環境の維持に効果を挙げま した。
一方で、住宅においては、自然換気の減少によりシックハウスの問題が生じてしまいました。
日本のシックハウス問題は、欧米諸国とは異なる固有の背景の中で生じています。
我が国の 伝統的な住まいでは、多雨で高温多湿な気候にあわせ、冬の寒さより夏の暑さ対策を旨とした 開放的な構造、天井裏・床下の大きな緩衝空間、庇が深く大きな開口部を備えた特有の様式が 培われましたが、そこには「気密」の発想が欠けていました。
意図して設けた隙間ではないので詳細は明らかでありませんが、昭和 30~40 年代の隙間量 (C 値:「床面積当たりの相当開口面積」で評価します)は、平均して近年建つ住宅の数倍ある いはそれ以上あったと考えられています。
1980 年代の石油危機以降、省エネルギー化をめざ して暖冷房の効率と快適性の改善を図るとともに、断熱材・構造躯体での結露(躯体内で生じ るため、室内表面での結露と区別して「内部結露」と呼ばれる)を防ぐため、シート等を用い た気密・防湿の強化が急速に進行しました。
当然、汚染物質希釈に一定の効果があった隙間換 気などが確保されなくなるなか、世帯人数の減少や共働きの増加、生活時間の変化、外界環境 の劣化等が引き金となって、通風換気の習慣が失われていったことも汚染物質の滞留を加速し ました。
このような「化学物質発生の 増大」と「換気量の減少」と が相乗的に作用し、わが国に おいても特に住宅を中心にシ ックハウスの危険が高まった と考えられています(図6.1.2. 参照)。
以下、本章の冒頭に示した 「汚染発生の発生・流入を抑 える」対策に係る主な発生源 とその対策について述べてい きます。