では、この違いの何が問題なのか。こちらは人間の話だが、日本の医療費給付の対象となる指定難病に「クローン病」というものがある。
炎症性腸疾患(IBD)に分類されるもので、口から肛門までの消化管の全域のどこにでも炎症や潰瘍を引き起こし、主には腹痛や下痢といった症状から、発熱、体重減少、不定愁訴までが報告され、特に20代前半の若者に多く、これといった治療法もない。
一度罹(かか)ると治らない病気だ。
「腸の調子が悪いから、ずっと痛みを感じているし、食事も流動食しか摂(と)れない。病気に人生は拘束されるし、やりたいこともできなくなる」(症例に詳しい支援者)
日本では1950年代までクローン病の患者は見つかっていなかった。
それが60年代から症例が報告されるようになり、現在では、約4万人が厚生労働省に難病登録されている。
この人間のクローン病と、家畜のヨーネ病の病変がそっくりなのだ。
「そもそも最初にスコットランドでクローン病患者が見つかった時は、その症状からヨーネ病と診断されていました」(コリンズ博士)
しかもクローン病の患部から、牛ヨーネ病と同様のDNAが検出されていることなどから、二つは同じ病気で、ヨーネ菌によって、人間のクローン病が引き起こされる、とする研究が畜産獣医学の分野で世界中から発表されてきたのだ。
それどころか、安倍首相が患っているとされる潰瘍性大腸炎や、通勤途中にも急に下痢性の便意をもよおす過敏性腸症候群(IBS)、2型糖尿病の原因説まで、研究報告が相次ぐ。
ところが、家畜伝染病に指定されながらヨーネ菌の検疫体制はなく、そのまま食肉や乳加工製品となって日本国内に入ってきている。
しかも、研究が進むにつれて、ヨーネ菌は熱処理された死菌であっても、病状を引き起こすことがわかってきた。
牛乳パックに「ホルモン剤未使用」
そうなると恐ろしいのは、乳児の粉ミルクだ。日本の大手乳業メーカーの粉ミルクには、北米をはじめ、オセアニアや欧州から輸入された原料が使われている。
乳児期から体内にヨーネ菌を蓄積する可能性が高い。
「豪州では日本のように定期的に検査はされず、ニュージーランドでは何もされていません」(専門家)
仮にTPPが発効すると、ニュージーランドから乳製品が大量に流入するはずだ。
世界最大の集乳量の乳業メーカー「フォンテラ社」が同国最大の企業であり、日本への乳製品の増加が見込まれていた。
しかも、米国では「rBST」「ソマトトロピン」と呼ばれる、牛の乳生産量を増やすための合成ホルモン剤の使用が認められている。
これも、EUでは使用も輸入も禁止しているのに加え、米国国内のスーパーマーケットで販売されている牛乳パックには、USDA認定の「ホルモン剤未使用」の表記があり、消費者が選択できるようになっている。
おそらく、トランプ新大統領のようなセレブ一家は、ホルモン剤使用のミルクなど口にしないだろう。
ところが、日本には使用実績の記載もなく乳製品が入ってくる。
家畜伝染病対策がまったく異なる外国から、大量の汚染された食品衛生法違反の食品が流入しているのだ。
そしてついに、医学界からも、ヨーネ菌の人体への重大な健康被害について指摘されるようになった。
順天堂大学が、「多発性硬化症の発症にはヨーネ菌が関与する可能性 ~死菌の経口摂取がリスクになる~」とする研究結果を発表したのは、昨年9月のことだった。
文字通り、ヨーネ菌が多発性硬化症(注5)を発症させることを指摘するもので、世界的な科学誌『Scientific reports』にも論文が掲載されたのだ。
もはやこのような食の安全における“治外法権”を放置しておく余地があるのだろうか。
国権の最高機関であるはずの国会で議論されても、何も状況が変わらないのは、やはり食料自給率39%の日本の弱みを米国に握られている食の植民地であるからなのだろうか。所詮は「意思表示」で終わるのだろうか。
(作家・ジャーナリスト 青沼陽一郎)
(注1)2015年12月27日号にて詳報
(注2)同じく2015年12月27日号にて詳報
(注3)米国にはコメの規定はなく、穀物全体としての基準値
(注4)2008年4月に公表されたもの
(注5)中枢神経系の脱髄疾患の一つ。クローン病と同じく難病指定されている
あおぬま・よういちろう
1968年長野県生まれ、早稲田大学卒。オウム真理教をはじめとする犯罪・事件、原発、食の安全などをテーマに、精力的な取材に基づくルポルタージュ作品を発表し続けている。『帰還せず 残留日本兵六〇年目の証言』『オウム裁判傍笑記』『中国食品工場の秘密』など著書多数
(サンデー毎日2月5日号から)