私は30年ほど前から自然栽培の指導とあわせて農薬や化学肥料の危険性、そして硝酸態窒素の危険性を訴えてきたのですが、耳を傾ける人がほとんどいませんでした。
イタリアで20人の大柄な若者たちにつるし上げを食らったときも、自分でもとうにわかっていることを指摘されたのだから、これほど情けないことはなかった。
震える思いでいたら、一人の若者がさらにこう加えたのです。
「2020年は東京でオリンピックが開催されますね。けれど選手団のために自国の野菜を持って行ったほうがいいのではないかと、皆で話し合っているんです」
硝酸態窒素や農薬まみれの日本の野菜や果物は危険すぎる。東京オリンピック・パラリンピックでは国の代表である選手団の口には入れさせたくない……。
彼の言ったことはもっともです。けれどそれで引き下がるのは、あまりに悔しい。そこで、私はこう答えたんです。
「ご指摘のとおりです。けれど今、私が勧める自然栽培に賛同してくれる仲間が日本各地に増えています。肥料や農薬を使わない自然栽培の野菜には、硝酸態窒素も残留農薬もこれっぽっちも含まれていません。
オリンピック・パラリンピックのときまでには、皆さんが驚くほど世界一安全な食を提供できるようにしましょう。そして選手村では、自然栽培の野菜や果物でおもてなしできるよう働きかけます!」
化学肥料は「邪悪の根源」
高野 日本は農薬大国、化学肥料大国です。
海外では日本の農産物は「汚染野菜」扱いされているんです
一方、木村さんが始めた自然栽培は、メイド・イン・ジャパンとして世界に誇れるものです。
東京オリンピック・パラリンピックの選手村での自然栽培の食材提供、私は大賛成です!
窒素、リン酸、カリウムなどが入った化学肥料や、牛や豚、鶏の糞尿からできた堆肥による有機肥料もいっさい使わない。
さらに農薬や除草剤も使わずに、植物が本来備えている自然の力を引き出して健康・安全な作物を育てる。
このような自然栽培をやっているのは日本だけです。
木村さんが苦難の末に生み出し、広めた農法です。
7年前に自然栽培でリンゴを作ったという話を聞いたときは、正直、眉唾物でした。
そんなことできるわけがないと。
当時私は、石川県の能登半島の付け根にある羽咋(はくい)市役所の農林水産課に勤務しており、65歳以上の人が半数を超す限界集落の神子原(みこはら)地区の活性化のためにIターンの若者を呼んだり、ローマ教皇(法王)に神子原の米を献上して米のブランド化に成功するなど多忙な日々を送っていたのですが、自然栽培の話を聞いたとき、ちょっと待ってくれよと疑いながらも、どこかピンとくるものがあったんです。
そこで若い職員を木村さんの一番弟子のところに偵察に行かせました。
岩手県の遠野市で自然栽培でリンゴ作りをしている佐々木悦雄さんのもとへです。
なぜ木村さん本人のところへ行かせなかったか?
本人だったらいくらでもごまかせるからです。
けれど弟子なら嘘をつけるほどの心得はないだろうし、師匠のいいところも悪いところも含めたことを隠さずに話してくれるかもしれない。
数日後、「できます、これは!」と職員たちが目を輝かせて戻ってきました。
写真を見、報告を聞くと、どうやら本当の本物のようでした。