・1 :先進国で急増するアレルギー性疾患
Q:まず最初に、研究者になったいきさつを教えてください。
井上: 大学院生時代、炎症や免疫にかかわる研究がしたかったのですが、研究テーマがそれとは少しずれていました。
それに、研究に使える時間が少なく、なかなか没頭できませんでした。
そんなとき、当時の研究所で研究室長をされていた高野裕久先生(現、環境健康研究領域長)からお誘いがあり、(大学院の)途中から国立環境研究所の共同研究員として活動することにしました。
その後、正式に研究所の研究員となり、現在に至っています。
柳澤: 大学 4 年生のとき微生物学を専攻しており、微生物による環境中の汚染物質の分解・除去、またその代謝経路の解明について研究していました。
この研究の過程で、環境中の汚染物質が実際に健康にどういった影響を与えるのか、ということに関心を持ち、修士課程のときに動物を用いた影響評価ができる所を探そうと思いました。
そこで、大学でこうした研究をしているところを訪ねたところ、当時からディーゼル排気微粒子(Diesel Exhaust Particles : DEP)の健康影響について研究をしていたこの研究所を紹介されたのです。
これが縁となり、2000 年から改めて研究に携わらせて頂くことになりました。
小池: 私は自分自身がアレルギー体質のところがあり、子供の頃から漠然となぜそういうことが起きるのだろう?と疑問に思っていました。
それがきっかけで、近年のアレルギー疾患の増加と環境因子の関係について関心を持つようになりました。そこで、大学の卒業研究のとき、この研究所を紹介され、大学院の博士課程まで、オゾンや二酸化窒素といったガス状の大気汚染物質が呼吸器・免疫系に及ぼす影響についての研究をしました。
そして学位取得後も研究員として、環境汚染物質のアレルギー増悪メカニズムの解明に向け研究に取り組んでいます。
Q:アレルギーに着目した化学物質のリスク評価に取り組んだ経緯を教えていただけますか。
井上: この 10 数年、日本ではアレルギー性疾患を発症する人が急増しています。その背景として、環境の変化が考えられたからです。
Q:なぜ、そう断言できるのでしょうか。
井上: 疾患が急増した背景としてはヒトの遺伝子の変異という内的なものと、環境の変化という外的なものの 2 つが考えられますが、内的なヒトの遺伝子については 10 数年という短期間ではそれほど変異しないからです(図1)。
Q:化学物質のリスク評価に関する研究の現状を教えていただけますか。
井上: 近年、野生動物での生殖腺異常などの増加を受け、性ホルモン濃度(活性)を中心とした検査を実施した結果、ホルモンのような活性を持つ物質の存在がクローズアップされるようになり、環境中の化学物質による内分泌・生殖器系への影響が報告されるようになりました。
また「シックハウス症候群」「シックスクール症候群」といった疾患の増加への関与も示唆されているほか、アトピー体質の人はシックハウス症候群にかかりやすい、シックハウス症候群の患者さんは高い確率でアレルギー性疾患を合併することも知られるようになりました。
化学物質は内分泌・生殖器系、免疫・アレルギー系を含んだ高次の生体制御機能に影響を与える可能性があるわけです。
にもかかわらず、環境化学物質がアレルギー性疾患に与える影響に関する研究は、国内外を問わず充分には行われていませんでした。
こうした現状から、化学物質がアレルギー性疾患に与える影響の研究に取り組むことになりました。
Q:アレルギー性疾患が急増しているのは日本だけの現象なのでしょうか。
井上: いいえ。日本以外の国でも、とくに先進諸国では増加が認められています。
Q:ところで、この研究ではどういった化学物質を評価されたのでしょうか。
井上: まず、大気汚染物質の1つである DEP、プラスチックを柔らかくする可塑剤として使われるフタル酸ジエチルヘキシル(DEHP)に着目しました。
DEP は炭素粒子と数百~数千種類にわたる化学物質、金属化合物の混合物で、さまざまなアレルギー性疾患の症状を悪化させるものとして世界的に知られています。
しかし、その中のどの成分がこれらの症状を悪化させるのかまでは、まだわかっていませんでした。
そこで、研究をスタートするに当たって、どういった成分がアレルギーを悪化させる原因となっているのかを順を追って調べることにしました。
その結果、EPの表面に付着している脂溶性化学物質成分が怪しいことがわかりました。
その中のフェナントラキノン(PQ)やナフトキノン(NQ)といったキノン系化学物質は、細胞レベルでの毒性は確認されていますが、動物個体に対する影響の知見がありません。
そのため、研究では混合物としての DEP のほか、DEPから抽出した PQ、NQ を含んだ化学物質も評価対象としました。
柳澤: DEHP については、マウスなどのげっ歯類を用いた実験から、生体内のホルモン物質と同じような作用を示す環境ホルモンの1つである可能性が報告されています。
一方、環境ホルモンは、免疫機能に対しても影響を及ぼす可能性が指摘されていますが、そのメカニズムなど、具体的なところはまだわかっていません。そのため、最初は環境ホルモン物質の評価に着手することになり、まずは DEHP を選択した次第です。
Q:今回の研究における皆さんの役割分担を教えてください。
井上: 主に私がアレルギー性喘息、柳澤さんがアトピー性皮膚炎での化学物質の影響評価を担当しています。
そして小池さんには 2007 年 4 月から、動物実験の結果を裏づけるための細胞レベルでのメカニズムの解明を担当していただいています。