・ 広範な影響の網の目
PBPK モデルが開発されていた当時、産業界は公衆のイメージと闘っていた。インドのボパールの大惨事-数千の人々を殺し傷つけたメチルシアネートの放出-が1984年に起きた(訳注8)。
翌年、ウェストバージニアのユニオン・カーバイド工場での有毒ガス放出で135人が病院に運ばれた。
これらの事故に対応して、新たな連邦政府規制は会社に対して有害化学物質の保管、使用、及び放出についての説明責任を求めるようになった。1988年5月の化学製造者協会(CMA)の会議議事録は産業界が圧力を感じていたことを示している。
連邦政府の調査と増大するテスト要求に留意して、化学製造者協会(CMA)は、産業が”暴露データを開発”し、”要求されるテストを必要とされることに制限するための革新的な方法を探査する”ことを支援するよう勧告した。
産業界は、非営利の毒性学研究所である化学工業毒性学研究所(CIIT)(言語学的浄化(linguistic detoxification)(訳注9)の下に2007年にハムナー研究所(Hamner Institutes)と改名)のような多くの研究所を設立することにより、このことをすでに開始していた。
この時期にはまた、産業界がその後数十年間、友好的に提携している Environ (1982), Gradient (1985), ChemRisk (1985) 及び K.S. Crump and Company (1986) のような営利のコンサルタント会社の設立があった。
”我々の目標は、EPA とその他の機関が政策を立案するのを助ける科学を行うことであった”と、ハムナー研究所の所長でありCEOであるウイリアム・グリンリーはあるビジネス関連ウェブサイトのためのインタビューで説明した。実際に過去30年にわたり、ハムナーとこれらのコンサルタント会社は、しばしば化学会社や業界団体の支援を受けて、数百の PBPK 研究を実施した。
これらの研究は、圧倒的に化学物質の健康影響について軽視し又は疑いをかけ、規制を遅らせた。
”私は、ハムナー研究所からの科学者らがいかに注意深く物語を作り出し又は支配するやり方で情報を提供するかを見てきた”と、マサチューセッツ大学アマースト校の環境健康科学准教授ローラ・バンデンバーグは述べている。彼女は、ハムナーの科学者らはしばしば、彼らのモデルに一致しない情報は拒否しつつ、狭い時間枠(time windows)を使用し、あるいは限定された脈絡の中でデータを提示すると説明する。”これらは、疑いを作り出すために用いられる典型的な戦術である”と彼女は言う。
これらの産業界とつながった研究団体により生成された研究の著者らをよく見ると、ライト・パターソンにたどり着く広範な影響の網の目(クモの巣)が明らかになる(このチャートを参照のこと)。
1980年代にライト・パターソンに雇われた又は契約した少なくとも10人以上の研究者らが CITT/ハムナー、営利目的コンサルタント会社、または EPA で毒性学の仕事を続けた。
現在、ハムナーの首席科学担当者であるメルビン・アンダーソン、及び現在、ハマーの首席調査官であり、コンサルタント会社エンバイロンの首席科学者であるハーベイ・クレウェル等、多くの初期ライト・パターソン PBPK 研究の共著者を含んで、約半数がハムナーで重要な地位を占めている。
”私は多分、 PBPK を毒性学及びリスク評価に持ち込んだ人物として信頼を得ている”と、アンダーソンは In These Times に述べた。
これらの産業界とつながりのあるグループと連邦政府規制当局との回転ドアーはまた、動き始めていた。
12人を超える研究者らがEPAからこれらの営利目的コンサルタント会社に移籍し、また同様な数の研究者らが逆方向に向かい、EPA や他の連邦政府機関への道をたどった。
さらに官民の境界をあいまいにして、 CITT/ハムナーは、産業界及び納税者の金、数百万ドル(数億円)を受け取っていた。
同グループは2007年にそのウェブサイトで、年間運営予算2,150万ドル(約26億円)のうち1,800万ドル(約22億円)は”化学産業及び医薬産業から来た”と述べた。
資金提供者についての情報に関してそれ以上の詳細はそこにはないが、ハムナーは以前に顧客及び支援者として、米国化学工業協会(ACC)(以前の化学製造者協会(CMA)であり、化学物質規制に対する最も強力なロビー団体のひとつ)、アメリカ石油協会、 BASF 、バイエル クロップサイエンス、ダウ、エクソンモービル、シェブロン、及びホルムアルデヒド協議会をリストした。同時に CITT/ハムナーは過去30年にわたり、 米 EPA、米国防総省(DOD)、及び米保健福祉省から1億6,000万ドル(約200億円)近くの助成金と契約を得ていた。
要するに、1980年代以来これらの連邦政府機関は、ハムナーのような産業界と密接な関係にある研究所に、数億ドルの助成金を与えていたということである。
しかし連邦政府の、産業界とつながる研究者らへの依存はさらに拡大している。2000年以来、EPA は、米国化学工業協会(ACC) 及び CIIT/ ハムナーとの多くの企業研究合意書に署名した。
そのすべては、 PBPK モデルを含む化学的毒性研究にかかわっている。
そして2014年に、ハムナーは、EPAの次世代の化学物質テスト-ToxCast と Tox21 プログラムのために実施しようとしている追加の研究の概要を示した。過去5年間にわたり、ハムナーは 米国化学工業協会(ACC) 及び Dow から同じ研究のための助成金を受けていた。
一方、EPA は、リスク評価を実施し、ピアレビュー委員会を組織し、化学物質評価で用いられる科学的文献を選択するために、営利目的のコンサルタント会社と恒常的に契約を結んでいた。
このことは、化学物質製造者との結びつきについての透明性がほとんどない状態で、これらの民間団体が意思決定プロセスにおいてかなりの影響力を及ぼすということを示している。結論:化学物質規制を監督するために選ばれた専門家らは、しばしば産業側の考え方を大幅に取り込む。
これらの居心地のよい関係は気づかれないままに続くわけではなかった。EPA は、自身の監察総監室(OIG)及び米国会計検査院(GAO)の両方によって是正を求められた。
”これらの段取りは、 米国化学工業協会(ACC) またはその会員がさらなる規制の意思決定に用いられるかもしれない科学的結果に潜在的に影響を及ぼす、又は影響を及ぼすように見えるという懸念を提起している”と、2005年報告書に GAO は書いた。
In These Times にコメントを求められて、EPA はこれらの協力関係は利益相反となるものではないと述べた。
数十年間の致命的な遅れ
PBPK 研究は多くの化学物質の規制を引き延ばした。どの場合でも、産業界に支援された研究により開発された範囲の狭いモデルは、リスクは以前に推定されていたより低い、又はありそうな暴露レベルでは懸念がないと、結論付けた。
例えば、塩化メチレン(methylene chloride)をとれば、ライト・パターソンンの科学者が自慢した1987年の論文の主題は、EPAの規制プロセスを止めた。
国連・国際がん研究機関(IARC)により ”おそらくヒト発がん性がある”(訳注7)、米国家毒性計画(NTP)により ”ヒト発がん性であることが合理的に予想される”(訳注7)、そして米労働安全衛生局(OSHA)により”職業発的がん物質”(訳注7)と特定された化学物質であるにもかかわらず、EPA はいまだにその使用を制限していない。
ライト・パターソンの科学者らによる1987年 PBPK モデルは現在でも同庁のリスク評価のための基礎をなしていると今年、EPA の研究者らは言及した。
今日、塩化メチレンは、電子機器、農薬、プラスチック、及び合成繊維を製造するため、また塗料やワニス剥離に使用されている。
米国消費者製品安全委員会(CPSC)、米国労働安全衛生局(OSHA)及び国立労働安全衛生研究所(NIOSH)は健康警告を出し、米国食品医薬品局(FDA)は化粧品での塩化メチレンの使用を禁止しているが、米国 EPA はこの化学物質を全面的に禁止していない。
EPA は、毎年、約23万の労働者が直接暴露していると推定している。
米国労働安全衛生局(OSHA)によれば、2000年から2012年の間に、アメリカでは浴槽修理に塩化メチレン含有製品を使用した後、少なくとも修理工14人が窒息又は心不全で死亡した(訳注10)。
センター・フォー・パブリック・インテグリティ (CPI)は、2008年から2013年の間に米国の中毒情報センターに塩化メチレン暴露に関する 2,700件以上の緊急電話連絡があったと報告している。
産業側に支援された PBPK 研究の影響のもうひとつの例はホルムアルデヒドである。
この化学物質は、アレルギー反応及び皮膚刺激はもとより、鼻がん及び白血病に関連するよく知られた呼吸系及び神経系有毒物質であるにもかかわらず、アメリカではほとんど規制されていない。
EPAのホルムアルデヒドの毒性学的レビューは1990年に始まったが未完であり、それは少なからず、白血病との関連に疑問を呈する CIIT/ハムナーにより実施された PBPK モデルを含む研究の導入による遅延のためである。
もしその関連性が弱い又は不確実であるとみなされるなら、そのことはホルムアルデヒド又は病気になった労働者を雇う会社はその病気に責任がないことを意味する。
化学産業は、”鼻腫瘍より白血病の人の方が多い”ことをよく知っていると、最近退職した米国国立環境健康科学研究所(NIEHS)の毒性学者ジェームス・ハフは延べている。
この CIIT/ハムナー研究のあるものは200年から2005年の間にEPAから助成金1,875万ドル(約22億5,000万円) を得て実施された。
2010年、ハムナーは、 PBPK モデルを含んで毒性研究のためにホルムアルデヒド製品製造者であるダウから500万ドル(約6億円)を受け取っていた。
ホルムアルデヒドの規制に反対している米国化学工業協会(ACC)もまた、この研究を支援した。
その結果、わずかな州の規制、及び合板のような合成木材製品からのホルムアルデヒド放出を規制するための未決のEPA 提案は別として、会社は米国緊急事態管理庁(FEMA)の避難用トレーラー・ハウスのように、この化学物質をいまだに使用することができる。
化粧品と身体手入れ用品もまた、ホルムアルデヒドの暴露源であり得る。ブラジリアンブローアウトと呼ばれるスムージング剤をヘアーサロンの従業員が使用した後、吐き気、のどの痛み、発疹、慢性副鼻腔感染症、ぜんそく様症状、鼻血、めまい、その他の神経的影響などの症状が出たことが2011年に大きく報道された。
”それを見ることはできない。・・・しかしそれを目の中で感じ、それは高揚感を与える”とサロンの所有者でヘアースタイリストのコートネイ・タナーは In These Times に述べた。”美容学校では誰もこの物質について教えてくれず、スタイリストにこれらの製品について、又は換気扇を付けることすら、誰も忠告してくれなかった”と、彼女は述べた。
米国労働安全衛生局(OSHA)はこれらの製品について危険警告を発している。
米国食品医薬品局(FDA)もまた複数の警告を出しており、最も新しいものは9月に出されたが、法規制は連邦政府機関が店の棚からこれらの製品を撤去するのを妨げており、塩化メチレンを含む塗料剥離剤の場合のように、暴露は続く。