生理学的薬物動態(PBPK)シミュレーションの黎明
1970年代と1980年代は環境規制の殺到を見た。
スーパーファンド及び地域の知る権利プログラムを確立した法律に加ええて、大気浄化法、水質浄化法、有害物質規制法は、化学物質を使用し製造している会社と軍に対して、環境と健康影響に責任を持つことを初めて求めた。
これは、労働安全衛生庁(OSHA)と環境保護庁(EPA)が職場での暴露の安全基準と環境浄化のための安全基準を確立し始めていたので、化学物質リスク評価のためのより大きな要求を意味した。
1980年代、オハイオ州デイトンにあるライト・パターソン空軍基地の旧有害ハザード研究ユニットは軍により使用された化学物質の毒性と健康影響を調査していた。
特に国防総省にとっての懸念は、航空機、車両及びその他の機械類を建設し、利用し、維持するために、軍により使用された多くの化合物、燃料と燃料添加物、溶剤、コーティング、及び接着剤であった。
軍は、現在リストされているスーパーファンド・サイト約 1,300 のうち、約900に責任があり、その多くが数十年間、これらの化学物質によって汚染されてきた。
1980年代に、ライト・パターソン空軍基地の有害ハザード研究ユニットの科学者らは、化学物質が体を通してどのように移動するかを追跡するために、生理学的薬物動態(PBPK)を用い始めた。
インシリコ(in silico)モデルとして知られるコンピュータを用いるこの手法は、生きた動物を用いる生体内(in vivo)又は試験管を用いる生体外(in vitro)手法による化学物質のテストの代替手法である。
生理学的薬物動態(PBPK) 手法は、科学者らが特定の臓器又は組織にたどり着く化学物質(又はその分解物質)の濃度がどのくらいか、及びがそれらが体外に排出されるのにどのくらい時間がかかるかを推定することを可能にする。
その情報は、暴露限界を設定するために、又はしないために、実験データと比較検討することができる。
生理学的薬物動態(PBPK)シミュレーションは、テストを迅速に、そして安価にすることができたので、産業側及び規制側にとって魅力のある手法であった。
しかしこの生理学的薬物動態(PBPK)は欠点をもっている。
”それは、影響について何も伝えない”と、国立環境健康科学研究所(NIEHS)及び国家毒性計画(NTP)の両方のディレクターであるリンダ・バーンバウムは述べている。
一方、観察研究とラボ実験は、化学物質が生物学的プロセスにどのように影響を及ぼすかを発見するために設計されている。
生理学的薬物動態(PBPK)を支持する規制毒性学者でさえ、その限界を認めている。
[PBPK モデル]は、入力データの品質によって常に制限を受けがちである”と、1980 年代に NPT と EPA で働き、現在はコンサルタント会社 Exponent の上席科学者であるジェームス・ラム(訳注5)は述べた。
故人となった(訳注:2015年8月6日没)健康影響研究者、サウスカロライナ医科大学教授、そしてフロリダ州のワニへの DDT によるホルモンかく乱影響の研究で有名なルイス・ジレットはもっとぞんざいに述べた。”
PBPKモデル? 私の即答は、Junk in, junk out だ(訳注:本質を理解しないお粗末な入力データなら、得られる結果もまた、お粗末である)。
そこで得られることは、モデルのほとんどはシステムの複雑さをあなたが理解するのに役に立つということだけだ”。
多くの生物学者らは、PBPK ベースのリスク評価は、非常にせまい仮定から始まり、従ってしばしば、化学物質暴露がどのように健康に影響を及ぼすことができるのかの全体像を得ることができないと言う。
例えば、リッチモンドにあるパシフィック・ノースウェスト国立研究所の毒性学者ジャスティン・ティーガーデンと同僚らによる一連の PBPK 研究、及びレビューは、BPA は有害性のより小さい化合物に分解し、体外に迅速に排出されるので、本質的に有害性がないと示唆した。
彼らの研究はある仮定の下に始まった。
すなわち、BPA はエストロゲンを弱く擬態するだけであり、それは体のエストロゲン系に影響を及ぼすだけであり、BPA 暴露の90%は食品と飲料の摂取によるものであるという仮定である。
しかし、健康影響研究は、BPA はエストロゲンをきっちりと擬態し、体のアンドロゲンと甲状腺ホルモン系にも影響を及ぼすことができ、皮膚や口の組織のような経路を通しても体に入り込むことができることを示している。
PBPK モデルがこの証拠を含めていないなら、それらはリスクを過小評価する傾向にある。
どのようなデータが含まれているかに依存するので、PBPK モデルは望ましい結果を生成するよう故意に操作することができる。
あるいは、ノートルダム大学の生物学者で、人の健康リスク評価を専門とするクリスティン・シュレーダー=フレチェットが言うように、”モデルは実際の実験に由来する結論を回避する手段を提供することができる”。
言い換えれば、産業側に有利となるような結果を提供できるように、PBPK モデルを作ることができるということである。
それは、PBPK 自身のせいであると非難しているわけではない。”大事なものを無用なものといっしょに捨てないように”と、ニューヨーク大学の環境医学及び健康政策准教授レオ・トラサンデは述べている。
”しかし、生物学上、モデルに基本的な欠陥があることがわかったなら、それはパラダイムシフト(訳注6)のための説得力のある理由になる”。