・出展:ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議
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講演②
柔軟剤から揮発する化学物質
名城大学薬学部教授 神野透人氏 (報告者=会員・小椋和子)
この講演で興奮を憶えたのは、長らく「気のせい」と無視されてきた化学物質過敏症のメカニズムの科学的な解明が紹介されたことである。
化学物質によって被害を受けている人の苦しみを杉並病支援科学者たちが代弁してきたが、行政や一般の医師および科学者は全く理解しようとしなかった。
神野先生によるとシックハウスの対象化学物質13項目の見直しが検討されているとのことであるが、化学物質過敏症の症状を引き起こす物質はシックハウスで規制される化学物質とは限らない。
被害が数百人にもおよぶ杉並病で環境から検出された化学物質は数百種あったという。
その中で被害の原因を物質と特定することが難しいにもかかわらず、被害者が提訴した公害等調整委員会の杉並病の裁定は「施設(注:東京都が杉並区に建設した不燃ゴミ圧縮施設)から排出された化学物質による被害である」と結論した。
合成され、利用されている化学物質は数万種あるという。
昔から人が接触してきた天然の化学物質とは異なり、合成化学物質とのつき合いは人類始まって以来まだ百年そこそこである。
基本的にはなじみが薄いのである。個々の化学物質や混合物、変化物質の人への影響については解明が困難である。
それにもかかわらず大量の化学物質が合成され、利用されてきた。
人への健康影響はほとんど考慮されていないと考えるべきである。
以下に神野先生の発表資料にしたがって講演内容について紹介したい。
室内濃度指針値見直しの動向
厚生労働省シックハウス(室内空気汚染)問題に関する検討会は、平成12年から14年にかけて、いわゆる「シックハウス問題」に対応するため、「室内濃度指針値」を設定した。
現在、約10年を経過したこと、指針値設定物質(クロロピリホス等)の代替として新たな化学物質が使用されているとの指摘があること、SVOC(準揮発性有機化合物)の概念がでてきたこと、細菌由来VOC(揮発性有機化合物)類が検出されていること、世界保健機関(WHO)の室内空気質の基準値の動向と整合を検討する必要があること等から、改めて、当該指針値の超過実態を把握し、化学物質の発生源と室内濃度との関係に係る科学的知見を踏まえた必要な室内濃度指針値の設定の在り方を踏まえた見直しの方針についての検討が行われている。
室内空気中の化学物質濃度の実態調査
室内濃度指針を見直すために、現在、室内空気中の化学物質濃度の実態調査の検討が行われている。直接、調査担当したナフタレンとベンゼンについてご紹介する。
◉ナフタレン
ナフタレンは、洋服等の防虫剤として家庭でよく使用される物質である。
室内空気のナフタレンの調査を2012年度の夏季と冬季に居間と寝室で行った。
WHOのガイドラインは1立方メートルあたり10㎍であるが、夏季の寝室では108の調査で10㎍以上が7件あり、夏季にはもっとも高いものでは300㎍を超えた。
ナフタレンの年間平均ばく露濃度は1立方メートルあたりで10.5㎍であった。夏季と冬季の平均はそれぞれ16.2㎍および4.8㎍であった。
室温が影響していることは明らかである。
◉ベンゼン
ベンゼンはヒトおよび動物実験で共に発ガン性があることが確認されており、国際がん研究機関(IARC)ではグループ1に分類されている。
大気濃度は車の排気ガスが規制された結果、環境基準の1立方メートルあたり3㎍以下となっている(環境省平成23年度有害大気汚染物質モニタリング調査結果報告)。
ところが、居間、寝室および屋外でベンゼンの濃度を調査したところ、室内濃度は変動が激しく、3㎍を超えることもあった。
喫煙や、朝晩御仏壇に線香やローソクを備えるとき等の燃焼が原因であることが分かった。
居間、寝室内で使用される消臭・芳香剤、蚊取り製品の状況
独立行政法人製品評価技術基盤機構・化学物質管理センター「室内暴露にかかわる生活・行動パターン情報*1」によれば、アロマオイル・お香・線香を使用する人は5~6%程度おり、蚊取り製品については、居間では37%、寝室では43.7%の人が使用しているという結果であった。
TRP イオンチャネル理論とはなにか
シックハウス症候群や化学物質過敏症の解明に寄与するものに「TRP(TransientReceptor Potential)イオンチャネル理論」がある。
室内環境中の化学物質に起因する疾病には、シックハウス症候群と化学物質過敏症がある。
メカニズムはまた十分に解明されていないが、化学物質と反応をつなぐインターフェイスにTRP イオンチャンネルが関与していることが示唆されている。これは、温度、機械的刺激、化学物質を検知する侵害受容器であり、感覚神経細胞の他に、気道、鼻腔・皮膚上皮細胞にも存在する。
角膜にもあるといわれる。
その結果、神経が刺激され、侵害反射として咳、呼吸抑制・粘液分泌・気管支収縮・気道感作が生ずる。
ワサビを食べるとツンとする。
これはTRP イオンチャンネルによるものである。
TRP イオンチャンネルには、いろいろな化合物によって活性化される多種類のチャネルが知られている。
たとえばワサビやシナモン、ミント類の場合に活性化するのはTRPA1イオンチャネルといわれる。
トウガラシの場合はTRPV1である。ペパーミントはTRPM8の活性も強い。
こうしたTRP イオンチャネル活性化物質のスクリーニングの方法を開発した*2。
活性化した細胞に化学物質を加えると、カルシウムイオンが流入し、緑色に変色することを利用したものである。
柔軟剤とTRP イオンチャネル
国民生活センターによると柔軟仕上げ剤のにおいに関する相談件数が増加している。相談の内容は体調不良として頭痛、吐き気など呼吸器障害では咳、喉や鼻の痛みである。柔軟剤に含まれる揮発性成分を調べたところ、TRP イオンチャンネルが活性化することが分かった(図表1参照)。
柔軟剤以外にも、室内環境中にはTRPチャンネルを活性化させる化学物質がある。実験結果によれば、殺虫剤やプールの消毒剤や溶剤、香料等は問題が多い。
*1 http://www.nite.go.jp/chem/
risk/expofactor_index.html
*2 この開発は、横浜薬科大学・香川聡子教授、九州保健福祉大学薬学部・大河原晋准教授との共同研究によるものです。