・化学物質過敏症とホルムアルデヒドにまつわる最近の動向
欅田 尚樹
産業医科大学産業保陸学部 保健情報科学講座
要旨: 近年身の回りの化学物質の種類の増加や, オフィスや住宅における建材の変
化・気密性の増強などに伴い種々の症状を訴える人が増加し, 社会問題とな
ってきている.これらの病態に対して化学物質過敏症〔1以下MCS }という概
念が提唱され,基礎・臨床面からその対応が緊急に迫られている.
ここでは,MCS に関して概説すると共に, MCS の原囚物質のひとつとして懸念されているホルムアルデヒドをめぐる問題に関して,行政の対応なども踏まえて概説した,
2003 年4 月2 日
は じ め に
平成15年2 月現在でクーミカルアブストラクトに登録されている化学物質は2.1m 万種を超え,毎目約4,100種が新規に登録されているように近年身の回りの化学物質の種類の増加は著しい. さらにオフィスや住宅の建材の変化・気密性の増加なども加わり,種々の症状を訴える人が増加し,化学物質過敏症(以下MCS )という概念が提唱され,その対応が緊急に迫られている,
一方でその概念・病態は解明されておらず,定義もいくつもあるなどコンセンサスの得られていない部分が多く,問題が残されている.
MCS に関する総説は,近年多数報告されている[1 ~ 3], ここではMCS に関して概念を解説した後,MCS の原因物質のひとつとして注目されているホルムアルデヒドについて最近の行政の対応などを含めて解説する,
MCS の概念
MCS に関連して,歴史的には1950 年代から environmiental iltnesをs 提唱 した Randolph により合成化学品に対する適応障害に起因する
多数の症例や理論が雑告されているL4」.
MCS の概念としては,1987年に米国のCullenが,「過去にかなり多量の化学物質に一度接触し急性中毒症状が発現した後か, または有害・微量化学物質に長期にわたり接触した場合, 次の機会にかなり少量の1司種または同系統の化学物質に再接触L た場合に見られる臨床症状である」と定義し[1,5」,その診断基準を次のように促唱した.
1、 環境因子曝露が存在すること,
2 .複数以上の職器の症状である,
3 .想定される原因物質の曝露により症状が誘発され,曝露を除くと軽1夬する,
4 .曝露テストで症状が誘発される,
5,症状は低濃度だが検出可能な曝露によって生じる,
6.極めて低濃度の曝露で症状が誘発される,
7 .通常の身体機能検査で症状が説明できない.の7つである.
しかしそれ以外にもいくつかの定義が報告されている.本邦では,石川らの診断基準の報告がある.
いずれにしても特徴は,いわゆる急性中毒学の概念を超えた極めて微量の化学物質曝露による症状であり,多種類の化学物質に対して,多臓器に類似の症状を誘発することにある.類似の症候群としてシックビルディング症候群・シックハウス症候群という用語もf吏用される.
「シックビルディング症候群一: は,世界保健機関(WHO )によれば,「特定の雄物で,仕事や生活を営む人に認められる,病態不明な特異的症状を呈する症候群で,その建物から離れると症状が消失する」と示されている[6],
一方,「シックハウス症候群」という用語は日本特有の表現であり, 上記のシックビルディング症候群に対して,住宅の高気密化や化学物質を放散する建材・内装材の使用などにより多彩な体調不良を訴えることが報告され,一般住宅を含めた空気環境問題を表現する用語として使用されるようになり定着している.
MCS とシックビルディング症候群・シックハウス症候群には,一部オーバーラップするところもあるものと思われるが,病態的に異なる部分もあると考えられている.
MCS の 病態 と し て は , Bell ら は 大脳辺縁 系のキンドリング現象による過敏反応モデルを提唱しているほか「7~ 8],神経一免疫一内分泌のネットワークの関与などが提唱されているが未だに十分解明されていないのが現状である[9 ? 10].
ホルムアルデヒドに関して
現在、MCS の原因物質の最大のものとしてホルムアルデヒドが問題視されており,加えてトルエン,キシレンなどの揮発性有機化合物(VOCs )があげられている.
ホルムァルデヒドは,無色で刺激臭を有し,室温で容易に重合する気体である.
一般に市販されているホルマリン溶液は約37 % の水溶液で, 甫合を避けるために安定剤としてメタノールが加えられている,人に対する曝露の発生源としては,工業的に大量に製造されるホルムアルデヒドの他に,自動車の排気ガスやタバコ煙にも含まれる.
工業的に製造されるホルムアルデヒドもの
一般的な用途は,尿素ホルムアルデヒドおよびメラミン・ホルムアルデヒド樹脂である.
尿素ホルムアルデヒドは, 発泡材の形で断熱材として,また合板などの接着剤として用いられ,使用後も持続的な発生源となる.
その他に特に重要となる屋内エリアとしては,ホルムアルデヒドが消毒剤あるいは保存剤として使用される病院や研究施設がある,ホルムアルデヒドは呼吸器や胃腸管で容易に吸収され,速やかに代謝されるため, 吸収後の血中濃度上昇はほとんど検出されていない[ll」.
国内のホルムアルデヒドにまつわる行政上の動き
ホルムアルデヒドを取り巻く行政上の対策として,旧厚生省は,平成9 年6 月ホルムアルデヒドの’L内漕度指針値について恢討しWHO のガイドライン値0.【mg III (8〔)ppb )を室内濃度指釘値として批案した「16].
その後も種々の化学物鴛についてシックハウス症候群との関連から壹内濃度指数値が示されている.
さらに平戊14年厚牛労働省より「職或における屋内空気中のホルムアルデヒド濃度低減のためのガイドライン」が示され,ホルムアルデヒドなどを製迄し, 又は取り扱う作業易について, 作業のことが著しく困難な作業場を当面は250ppb を,それ以外の場所においては80Ppb を指釧値として示している[17」.