第二章 化学物質不耐性の動物モデル
中枢神経系可塑性の役割
多種類化学物質過敏症の動物モデルに対しての反復ホルムアルデヒド負荷の効果
Repeated Formaldehyde Effects in an Animal Model for Multiple Chemical SensitivityBA Sorg, ML Tschirgi, et al
化学物質不耐性とは多種類化学物質過敏症で認められる症状であるが、揮発性有機化合物曝露により引き起こされるヒトの定義しにくい症状である。多種類化学物質過敏症の患者の症状の増幅は、げっ歯類で見られる精神刺
激物質誘発の過敏性獲得やストレス誘発の過敏性獲得と類似している。我々は最近反復化学物質は中枢神経回路に感作状態を誘導することを明らかにし得た。
我々の研究室での多種類化学物質過敏症モデルとしてのラットの実験では、反復したホルムアルデヒド曝露(毎日1 時間、週5日間、4 週間)後の中枢神経系の種々な変動を観察した。
反復ホルムアルデヒド曝露は、後にコカイン注射に対しての行動の過敏性獲得を示し、メゾ辺縁系のド パアミン作動性神経の感度の変調を示唆していた。
ホルムアルデヒド反復曝露ラットはフットショックと組み合わせた。
MCSのモデル動物におけるホルムアルデヒドの反復曝露の生体効果
Repeated Formaldehyde Effects in an animal model for multiple chemical
sensitivityBarbara A. Sorg, Matthew L. Tschirgi, Samantha Swindell, Lichao Chen, and JidongFang化学物質不耐性は、揮発性有機化合物に曝露されたヒトにおける本態不明の疾病異常であるMCS 症候群で観察される現象である。
MCS 患者においてその症候が時間とともに増幅していく現象は、げっ歯類において心理的刺激・ストレスで惹起される過敏化の現象と類似している。我々は最近、ラットを用いて、化学物質への反復曝露が中枢神経系の神経回路の過敏化を誘発するという仮説を検証している。
我々の研究施設では、MCS モデルラットを用いて、反復性のホルムアルデヒド曝露(1時間/日×5日/週×4週)の後に、中枢神経系機能のいくつかの指標を調べた。
その結果、反復性の曝露によって、曝露後に実施したコカイン注射による行動学的変化の過敏化が観察され、このことから、曝露により大脳辺縁系中心部におけるド-パミン神経の過敏性が変化することが示唆された。
曝露ラットではまた、足への電撃ショックと対呈示された匂いへの恐怖条件づけが強化されたが、このことは条件づけられた匂いに対して恐怖反応を誘導する神経回路が増強されたことを意味している。
ホルムアルデヒドへの連日曝露が曝露中の自発行動に与える効果を調べた最近の研究では、曝露12~15日目での立ち上がり行動の減少が見られている。
さらに、連日曝露からの離脱後1週間でのEEG記録では、睡眠構築の変化が観察されている。こ
の睡眠の変化のいくつかは、その翌日の短時間(15分間)再曝露により消失した。
これらの所見をまとめると、低濃度の化学物質への反復曝露が、MCS 患者に見られるものと類似した行動変化、例えば、曝露に対しての不安感の増大として表れる化学物質への感受性増加、あるいは睡眠・疲労感の変化などを動物に誘発できることを意味している。
それらの動物の中枢神経系に生じる変化を調べることは、MCS の作用機序に基づいた動物モデルの開発につながるであろう。
てんかんのキンドリングモデルは本態性多種化学物質過敏状態の理解に貢献するか?
Does the kindling model of epilepsy contribute to our understanding of multiplechemical sensitivity?ME Gilbert本態性多種化学物質過敏状態(MCS)は、環境中に低濃度存在する化学物質に対して感受性が増加する現象である。
キンドリングはシナプス可塑性のモデルであり、低いレベルの電気刺激を繰り返すことにより、てんかん発作の感受性が持続的に増加する。
臨床的な発作にはいたらないような低い閾値の電気刺激を繰り返し与えた場合、一定の期間を過ぎるとその刺激は完全な運動発作を誘発するようになる。
キンドリングは化学的な刺激によっても誘発することができる。
ある種の農薬に繰り返し曝露されると行動異常を示すようになるが、連続曝露は電気キンドリングを促進し、扁桃体において臨床閾値下の過剰興奮性を示す電気的な活動を誘導する。
MCS にはいろいろな症状があり、MCS の患者の中には不安に関係している大脳辺縁系が変化している人がいる。
大脳辺縁系は、キンドリングで誘導された発作に対して最も感受性の高い部位であり、ヒトの側頭葉てんかん(TLE)患者や動物のキンドリングモデルで認知や情動に関する持続する変化が示されてきた。
このように、キンドリングとMCS という現象の間には多くの類似点があり、MCS がキンドリングのメカニズムによって起こるものではないかと推察された。
しかし、キンドリングには電気的な発作放電が必要で、だからこそTLE のモデルとして使われている。
臨床的な発作に至る前の最初の変化というのはほとんど研究されていないが、これらの変化こそが、MCS に特徴的な化学物質への反応性増強をうまく説明するのかも知れない。
キンドリングは、恐怖に関する神経回路の感受性を選択的に増加させるツールとして有効で、MCS の発達や発現における不安の役割に関係することかも知れない。
コリン系過敏反応の遺伝的ラットモデル:化学物質不耐性、慢性疲労、喘息への関連性A Genetic Rat Model of Cholinergic Hypersensitivity: Implications for ChemicalIntolerance, Chronic Fatigue, and Asthma.DH Overstreet and V Djuric
環境中化学物質の曝露を受けた人の中でも化学物質不耐性に進行するのはごく一部であるという事実は、遺伝的要因が寄与している可能性を示している。
本報告では、コリン性システムの異常が遺伝的要因により起こりうることを示唆するコリン系強反応状態の遺伝的動物モデルからの結果を要約する。
FSL(Flinders 感受性ライン)ラットは有機リン化合物への反応が増加したものを選択繁殖することで確立された。
通常の対照ラットやFRL(Flinders 耐性ライン)と比較すると、FSL ラットはムスカリン系の直接的作動剤に対しても感受性が高いこと、ムスカリン性受容体が多くなっていたことが次々に明らかとなった。
コリン系薬剤に対する反応増強はいくつかの人間集団でも観察されており、その中には化学物質不耐性の患者も含まれている。
確かに、FSL ラットは睡眠異常、活動性異常、摂食異常など、これらの人間集団に類似した行動特性を示す。
加えて、FSL ラットはその他の化学物質に対しても強い感受性を示すことが報告されている。
腸や気道の平滑筋などの末梢組織はコリン性薬剤や抗原、卵白アルブミンに対してより強い感受性をもつと思われる。
中枢性の反応である低体温症は、ニコチンやアルコール、ドーパミン系およびセロトニン系の選択的薬剤投与によりFSL ラットでより顕著に現れる。
いくつかのケースでは、感受性の増強が見られる際に、他の受容体(ニコチン受容体)は変化するが、その薬剤が作用する受容体(ドーパミン受容体)の変化を伴わない。
すなわち、FSL ラットにおける多種化学物質過敏状態-化学物質不耐性には複数のメカニズムが関与すると考えられる。
これらのメカニズムの解明は、人間の化学物質不耐性についての有用な手がかりを提供できるだろう。
化学物質に対する反復発作的な曝露:化学物質不耐性に何が関連するか?
Episodic Exposures to Chemicals: What Relevance to Chemical Intolerance?R. C. Macphail反復発作的な曝露(episodic exposures)とは、種々の化学物質に対する断続的な急性曝露のことであり、通常急に起こり、短期間の影響を引き起こすもののことである。
曝露実験を行う行動薬理学的領域においては、個々の個体について量-反応関係を確立するためにepisodic exposure のパラダイムを検討するという長い伝統がある。
これらの実験においては、行動上の安定したベースラインがまず求められ、次に種々の量の薬が断続的に、例えば週に1回とか2 回とかで投与される。この方法はうまく作られており、例えば被験者内実験デザイン(within-subjects design)(すなわち同一被験者内反復測定)は、エラーを低減し、有効量(effective dose) の全範囲において外挿可能となり、さらに薬剤感受性の個体差を見出すことに使用することもできる。
もちろん、この方法は可逆的な反応を示す物質についてだけ適用可能であり、別の曝露量に対する先に投与された曝露によって一回曝露量の効果が影響をされないということを確認しておく必要がある。
われわれは、成熟の雄ラットおよびマウスにおける行動に対する殺虫剤および溶剤の影響について検討するために、ベースライン・アプローチを使用している。さらに、そのデータを用いた新しい確率論による耐性用量分析(dose-tolerance analysis)は、化学物質に対する感受性に個体差があり、しばしばその個体差の大きさは何桁にも及ぶことを示唆した。
これらの結果より、化学物質感受性における個体差は以前から知られていたよりはるかに大きい可能性が示唆された。
環境リスクと公衆衛生
Environmental Risks and Public HealthBernard D. Goldstein環境保健の役割について考察し、また再定義することを目的とした多くの先駆的な動きがみられている。
これには、環境保健へのInstitute of Medicine Roundtable やAmericanSchools of Public Health の後援の下での活動が含まれている。
両者ともに本報告書のもととなった”The role of Neural Plasticity in Chemical Intolerance”のNYAS の会議と同じ月に開かれた会議である。
環境保健の分野へのわれわれのアプローチとその定義についての疑問点が、環境リスクと公衆衛生の問題点を考えるうえでの背景となっており、NYAS 会議の主催者からわたしに与えられた課題である。
わたしの講演では、神経系に関連し、しかも本学会の課題である説明できない症状とも関連する問題、環境保健を取り巻く広い意味でのいくつかの問題についても触れようと考えている。