Ⅴ 考察および結論
妊娠ラットにN-ethyl-N-nitrosourea(ENU)による経胎盤的イニシエーション処置の後、得られた児動物を用いて、2GHz帯高周波電磁波の頭部局所的長期間(104週間)電磁波ばく露を行い、誘発される主に中枢神経系腫瘍発生に対する影響を検討した。
1. 生存率・一般状態
照射期間中のばく露群における生存率は、雌雄とも同程度であり、ばく露量による差異は見られなかった。
非ばく露群における生存率は雌雄ともENU投与群で有意な低値を示し、ENU投与による生存率の低下を認めた。
一般状態では、ばく露群、非ばく露群ともほぼ同様の所見を認め、ばく露による影響は見られなかった。
2. 体重
照射開始後、雌雄のばく露群での体重は非ばく露群と比較して明らかに低値傾向を示し、ばく露箱での拘束による影響と考えられた。
その他、ばく露群においては、雌の低ばく露群(第4群)で照射開始1週および16週以降、また、高ばく露群(第5群)で32週以降、偽ばく露群(第3群)と比較して有意な高値ないし高値傾向を認めたが、その程度は軽度であり、ばく露量との明らかな関連性も認められなかった。
非ばく露群では、雌のENU投与群(第2群)で70週以降、また雄のENU投与群(第7群)で20週より94週まで、それぞれ無処置群(第1もしくは6群)と比較して有意な低値ないし低値傾向を認め、ENU投与との関連が示唆された。
3. 摂餌量
摂餌量では雌雄ともにばく露開始後の早期の段階より、非ばく露群と比較して、ばく露群で低値傾向を示した。
これらの摂餌量の変化は、ばく露箱での拘束による影響と考えられた。
4. 血液中ホルモン濃度
ばく露群で雌雄とも副腎皮質刺激ホルモン(ACTH:下垂体前葉から分泌されるホルモンで、不安、緊張などで分泌が高まるほか、その分泌は日内周期(サーカディアンリズム)を示す。)、コルチコステロン(corticosterone:副腎皮質束状層から分泌されるホルモンでACTHにより分泌が調節されている。) およびメラトニン(melatonin:脳内の松果体で合成されるホルモンで、睡眠・覚醒のサイクルに対する作用を持つことが知られている。)濃度のいずれにおいても、ばく露量による差異は見られなかった。
非ばく露群でACTHの濃度が雄(第7群)で有意な高値を認めたが、corticosteroneには高値を認めず、雌ではACTHおよびcorticosteroneともに変動を認めていないことから、偶発的な変動と考えられた。
5. 肉眼的病理学検査
ばく露群で神経系組織・器官において種々の変化を認めたが、雌雄ともにばく露量による影響は見られなかった。
また非ばく露群では雌雄のENU投与群(第2、7群)で脳における病変の発生数が明らかな高値を示し、ENU投与による神経系病変の増加を認めた。
その他の組織・器官では、雌の低ばく露群(第4群)で脾臓の腫大および肺の結節の有意な低値が認められ、雄の低ばく露群(第9群)では精巣の変色域の有意な低値が認められたが、いずれもばく露量に関連した変動ではないことから、偶発的な変化と考えられた。
雄の高ばく露群(第10群)では、下垂体の変色斑の有意な高値が認められたが、病理組織学的には有意な変化は認められなかった。
非ばく露群においては、雌のENU投与群(第2群)で下垂体の変色域の有意な低値を認め、病理組織学的検査においても、下垂体前葉の過形成が有意な低値を示したことから、ENU投与の影響が考えられた。
雄のENU投与群(第7群)で皮膚/皮下(側腹部)の結節あるいは腫瘤の有意な高値が認められたが、側腹部以外の皮膚/皮下においては有意な差は認められず、側腹部における高値は偶発的な変化と考えられ
た。
6. 器官重量
雌のばく露群(第4あるいは5群)で見られた肝臓、腎臓および副腎における変動は、いずれも軽度であり病理組織学的検査においても第3群との間に明らかな違いを認めなかったことより、発がん性とは関連が無く体重変動による2次的あるいは偶発的なものと推察された。
その他、脳(雌)、心臓(雌)、下垂体(雄)および脾臓(雄)に見られた変動は
ばく露量との関連を認めず、偶発的なものと考えられた。
7. 病理組織学的検査 ? 腫瘍性病変ENUを投与した群で脳ないしは脊髄に種々の腫瘍性病変が認められた。雌の脳腫瘍うち星状膠細胞腫では高ばく露群で増加傾向を認めたが、その発生頻度には有意な差を認めなかった。
さらにその他の脳腫瘍および全体としての脳腫瘍の発生率にも有意差はなく、電磁波ばく露による影響は認められなかった。
無処置群(第1および6群)ではこれらの腫瘍はほとんど認められず、ENU投与による神経系腫瘍の発生増加が示された。
次表に示した如く、顆粒性大リンパ白血病の発生が雄の高ばく露群(第10群)で有意な低値が認められた。
顆粒性大リンパ白血病はF344ラットで好発する自然発生腫瘍であり、20~30%に発生することが知られている(1,2)。
雌のばく露群(第3、4、5群)においても有意差は見られなかったものの、同じような傾向を認めており、本試験で認められた顆粒性大リンパ白血病の減少の意義については明確ではないものの、その発生に対して電磁波ばく露が抑制的に作用したと判断した。
また、雄の無処置群(第6群)と比較して、非ばく露群のENU投与群(第7群)においても有意な低値を示した。
顆粒性大リンパ白血病の発生は、食餌制限による体重の低下に伴い減少することが知られており(1)、今回認められたENU投与群における顆粒性大リンパ白血病の減少は、ENU投与に伴う体重低下の影響ないしはENU投与自体の影響が示唆された。
顆粒性大リンパ白血病の発生数(頻度)
群 1、6 2、7 3、8 4、9 5、10
ENU - + + + +
ばく露(SAR:W/kg) - - 0 0.67 2.0
雌 匹数・・ 50 50 50 50 50
10(20) 6(12) 10(20) 9(18) 6(12)
雄 匹数・・ 50 50 50 50 50
23(46) 10(20)** 9(18) 5(10) 2(4)#
**:P<0.01 vs Group 6
# :P<0.05 vs Group 8
次表に示した如く、皮膚/皮下における線維腫の発生が雄の高ばく露群(第10群)で有意な低値を認めた。線維腫はF344ラットの雄で好発する自然発生腫瘍であり(3)、無処置群および他のENU投与群に同程度認められていることから、ENU投与による影響は受けていないと考えられた。
雌のばく露群(第3、4、5群)においてはその発生が低頻度であり、有意な差は認められなかった。
本試験で認められた線維腫減少の意義については明確ではないものの、線維腫の発生に対して電磁波ばく露が抑制的に作用したと考えられた。
線維腫の発生数(頻度)
群 1、6 2、7 3、8 4、9 5、10
ENU - + + + +
ばく露(SRA:W/kg) - - 0 0.67 2.0
雌 匹数・・ 50 50 50 50 50
線維腫 0(0) 1(2) 2(4) 1(2) 2(4)
雄 匹数・・ 50 50 50 50 50
線維腫 7(14) 11(22) 10(20) 7(14) 2(4)#
# :P<0.05 vs Group 8また非ばく露群では、甲状腺のC-細胞腺腫の発生が雄の無処置群(第6群)と比較して、ENU投与群(第7群)において有意な低値を示し、ENU投与の影響が示唆された。
その他、種々の腫瘍性病変が認められたが、いずれにおいてもばく露による影響は認められなかった。
8. 病理組織学的検査 ? 非腫瘍性病変
ばく露群において、乳腺の乳汁分泌亢進が雌の高ばく露群(第5群)で有意な低値を認めた。
F344ラットでは加齢に伴って分泌物を含んだ乳管および腺房の拡張が見られ(4)、本試験で認められた乳汁分泌亢進の減少の意義については明確ではないものの、この加齢性病変の発生に対しても電磁波ばく露が抑制的に働いたと考えられた。
その他、雌の高ばく露群(第5群)において腸間膜リンパ節の組織球細胞浸潤の発生頻度の高値および子宮内腔の拡張の低値が認められた。
これらの変化はいずれも加齢性病変として知られているが(5,6)、ばく露量に関連した変動を示していないことから、偶発的な変化と考えられた。
非ばく露群において雌雄のENU投与群で肝臓の変異細胞巣の低値を認め、雌のENU投与群で下垂体前葉の過形成、腎臓の慢性腎症および子宮の内膜間質過形成の低値を認めたが、これらの所見はF344ラットで通常観察される自然発生病変であることから、ENU投与群において早期に死亡動物が見られたことによる減少と考えられた。
腫瘍性病変および非腫瘍性病変において、最終屠殺動物および切迫屠殺動物で有意な差が認められた病変があったものの、全動物の変動と共通するものがなく、ばく露による影響はないものと判断した。
以上、N-ethyl-N-nitrosourea(ENU)により経胎盤的イニシエーションにより誘発された中枢神経系腫瘍発生に対し、電磁波(2GHz帯高周波電磁波)の頭部局所的長期間(104週間)ばく露の影響を検討した結果、脳および脊髄において腫瘍の発生率、腫瘍組織タイプに電磁波ばく露の影響は認められなかった。
また、電磁波ばく露によりその他の腫瘍性病変では、雄においては顆粒性大リンパ白血病および皮膚/皮下の線維腫の発生が減少し、非腫瘍性病変では、雌において加齢性病変と考えられる乳汁分泌亢進が減少したが、その意義については明らかではなかった。
またその他の組織・器官では腫瘍性・非腫瘍性病変のいずれに対しても電磁波ばく露の影響は見られなかった。
Ⅵ 文献
1) Stefanski, S.A., Elwell, M.R., Stromberg, P.C., “Pathology of the Fischer Rat”,Gary, A.B., Scot , L.E., Michael, R.E., Charles, A.M.Jr., William, F.M. eds., SanDiego, Academic Press, Inc., 1990, p373-382.
2) 大滝サチ., “毒性病理組織学”, 日本毒性病理学会編, 日本毒性病理学会,
2000,p383-405.
3) Elwell, M.R., Stedham,M.A., Kovach, R.M., “Pathology of the Fischer Rat”,Gary, A.B., Scot , L.E., Michael, R.E., Charles, A.M.Jr., William, F.M. eds., SanDiego, Academic Press, Inc., 1990, p264-275.
4) Boorman, G.A., Wilson, J.Th., van Zwieten, M.J., Eustis, S.L., “Pathology ofthe Fischer Rat”, Gary, A.B., Scot , L.E., Michael, R.E., Charles, A.M.Jr.,
William, F.M. eds., San Diego, Academic Press, Inc., 1990, p298.
5) “最新 毒性病理学”, 伊東信行編, 中山書店, 1994,p236-246.
6) Joe D, Burek., “Pathology of aging rats”, Florida, CRC Press, Inc., 1978, p110-113.