・5 発症頻度(Frequency)
5.1 有病率(Prevalence)
5.1.1 産業医学論文中のMCSの有病率(Prevalence)
5.2 罹患率(Incidence)
5.3 環境医師と患者組織による有病率(Prevalence)
5.3.1 患者組織によるデンマークでのMCS発症頻度(Frequency)
5.4 コメント
5.1 有病率
調査されるべき全ての病気が最終的に定義されていない時には、比較可能な疫学的結果を見出すことは難しい。
これは、ひとつの病気の発症頻度を記述しようとする研究グループは、病気、報告、分類、選定、などを定義するための共通ルールを守るということができないからである。
ムーサー(1987)はアメリカ人のMCS有病率は2~10%であると推定している。
彼はMCSの人々を含めたが、これらの人々はその症状の結果、日々の生活を強制的に変えることを余儀なくさせられた。
カレン(1994)を含む多くの専門家たちは、これらの数値は高すぎると考えた。
アメリカ機関横断報告書に関与したあるグループは、1997年までに発表された有病率に関する数値を備えた研究として3件だけを探し出している。
それ以降、2件の研究がなされた。
これらは全て、事前に定義されたグループの人々、又は地理的な地域から無作為に選定した人々に電話で標準化された質問を行った。
全ての質問はアメリカ国内で行われた。
客観的な診断による有病率:
調査対象の人々は、一般開業医がMCSと診断したかどうかが質問された。
肯定回答が下記に示す発症頻度である。
0.2 % 大学生 Bell, 1993a
4 % 年金受給者 Bell, 1993b
4 % 年金受給者 Baldwin, 1997
6.3 % 一般公衆 Kreutzer, カリフォルニア公衆調査, 1999)
1.9 % 一般公衆 Voorhees, 1998
質問を受けた人々の主観的な経験(”自己申告の疾病”)では、MCSの有病率はもっと大きかった。
主観的な診断による有病率:
塗りたての塗料、殺虫剤、香水、自動車排気ガス、及び新しいカーペットなどいくつかの物質への曝露が中程度又は強度の健康不良(医師の診察が必要であった、薬を用いた、報告されている健康不良があった)をもたらしたかどうかの質問により、下記のような肯定回答の有病率を得た。
4-5 物質 3-5 物質 2 物質
学生 15 % 22 % Bell, 1993 a
年金受給者 17 % Bell, 1993 b
公務員 22.7 % Baldwin, 1997
一般公衆 33 % Meggs, 1996
兵士(+湾岸戦争) 5.4% Black, 2000
兵士(-湾岸戦争) 2.6% Black, 2000
ベルは、彼等の数値は、”健康不良又は不快感”についての質問がどのように定式化されているかに直接的に依存するとコメントしている。
もっと詳しいリスト、例えば、新しいカーペット、刷り上りの印刷インク、殺菌剤、塗料、天然ガス、香水、タール、殺虫剤、自動車排ガス、タバコの煙など-に基づき、同じ研究者らは、学生たちがひとつ又はそれ以上の”環境臭”によって症状が出るかどうかを調査した。
約10%が、時には、又は頻繁に症状が出るが、一方28%はリストされたほとんどの要素から症状は出なかった。
ボールドウィン(1977)の調査は、現代的なよく断熱防音されたビルで働く公務員たちが、屋内空気汚染だけでなく屋外の空気汚染によっても症状が出ることを示した。
メグスは無作為に選定した田舎に住む成人(一般公衆)に質問を行った。51%中、同程度の規模の3つのグループが、アレルギーだけ、MCSだけ、アレルギーとMCSの両方を持っていた。
上記の表の3-5物質で、後者2つのグループの33%に症状が出た。48%にはアレルギー症状もMCS症状も出なかった。
著者等は、都市よりも田舎の方がMCSの発症頻度が低いと想定していたので、この高い発症頻度に驚いた。
ブラックの電話による質問は、湾岸戦争に参加したグループと参加しなかったグループの2つに分けた3,700人の兵士からなる。
湾岸戦争に参加しなかった兵士に関し、上述した通常の引き金物質のリストから少なくとも2物質に過敏性を示す程度は驚くほど低く(2.6%)、これは医師によりMCSと客観的に診断された程度とほぼ同じである。
ブラックは、後者のグループの兵士たちのわずか0.2%が軍医によってMCSであると診断されたと述べている。
これはベルが示す医師によりMCSと診断された大学生の発症頻度に対応する。
5.1.1 産業医学論文中のMCSの有病率
キペン(1995)は、産業医療病院又は一般開業医で診察を受けた人々の様々なグループからMCS様症状を調査した。
彼は、23種の引き金物質のうちひとつ以上に曝露して具合が悪くなったかどうか、又はその部屋を離れざるをえなくなったかどうか、仕事を辞めなくてはならなかったかどうか、などについて質問した。肯定回答は下記の様に分析された。
4 %:定常的な健康診察を受けた436人中
15%:他の職業関連の病気を持っていた107人中
20%:一般開業医の診察を受けた41人中
54%:職業的ぜん息又は気管支の過剰反応であるがMCSではない人43人中
69%:MCSの可能性(カレンの基準を満たす)39人中
この最後のグループは、他のグループに比べて、明らかに選定された23物質以上の物質によって症状が引き起こされていた。
ぜん息のグループは同様ではあるが、少し低い結果が得られた。キペンは、4つのコントロール・グループの肯定回答の人々がMCSであったのかどうかについて調査しなかった。
下記のテーブルは産業医療患者グループの中のMCS又は同様な症状の有病率を示す。
表5.1 産業医学論文タ中のMCSと匂い過敏症の有病率
著者 調査人数 女性 症状 患者数 有病率(%)
ジンテルバーグ (デンマーク) 160 14 % 有機溶剤不耐性 20 12.5
グリマー (フランス) ? 53 % 匂い過敏性
匂い超過敏性-MCS 1730 - -
リンデロフ (スウェーデン) 584 10 %以下 匂い過敏性
MCS 19149 32.78.4
ラックス (アメリカ) 605 80 % MCS 35 5.8
コーン (アメリカ) 1200 70 % MCS 13 1
上記の表で引用(及び第4章で記述)した論文は、匂い過敏性及びMCSのそれぞれの有病率について興味深い展望を与えている。
アメリカの2つの論文(ラックスとコーン)は様々な産業医療患者の中の可能性あるMCS患者を特定するために従来のMCS定義を用いているが、デンマーク、フランス、及びスウェーデンの3グループはMCSの2段階の進展を記述している。
ジンテルバーグによって記述される症状は多分匂い過敏性に対応しており、MCSの初期段階と見なすことができるが、一方、スランスとスウェーデンのグループはカレンのMCS基準を満たしている。
アメリカとヨーロッパの論文では性差の状況が異なる。
このことはヨーロッパでは男性が職場で有機溶剤に曝露することが比較的多いためかもしれない。
リンデロフのストックホルムの家屋塗装工の調査は多分、選定上の影響がある。
しかし、アメリカの産業医学論文にこのように多くの女性が現われることには驚かされる。
アメリカとヨーロッパの論文は比較可能であるようには見えない。
リンデロフの家屋塗装工は、MCSになってもまだ働いているということが加えられるべきである。
他の論文は調査された人々の社会的状況に関する情報がない。