・ 4.3 木材防腐剤-ペンタクロロフェノール(PCP)、ドイツ
ヨーロッパ調査では、ドイツの専門家たちが、主にペンタクロロフェノール(PCP)を原因とするMCS様症候群の多くの症例について報告している。
この化学物質は屋内で木材に使用され、ダイオキシン、フラン、有機溶剤などを含み、10,000症例の中毒(急性及び慢性)が報告されている。
これらのうち100例は小児研究所及び学校からの報告である。
これらのうちのあるものはMCS定義を満たしており、初期の曝露の後に、非常に微量の様々な化学物質に曝露すると様々な不特定の症状がでるとの訴えがあった。
フランクフルトの裁判所は、ペンタクロロフェノールが、ある人々にMCSを引き起こした可能性が非常に高いとした。
製造者はこの裁定を不服として上訴したが、その裁判の結果は不明である(European report, 1994)。
他の国でも同様な報告がある。オランダの3つの町で高濃度のペンタクロロフェノールが屋内から検出され、住民に症状が出た。
しかし症状とこの物質との関連は報告されていない(European report, 1994)。
ベルギーでは、PCP症候群という言葉がペンタクロロフェノール(PCP)を使用したことによって引き起こされる状態を表現するために用いられた。
専門家はMCS基準に対応する症状を持つ多くの人々を発見した。
彼等は古典的な中毒というよりむしろ不耐性として解釈された(European report, 1994)。
4.3.1 レントリン(Rentolin)への曝露によるMCS、デンマーク
レントリンは木材防腐剤であり、誤って屋内で使用されてきた。
この製品は屋外での使用だけを意図されていたが、輸入業者は、天井、床、台所のテーブルなどに使用できると宣伝した。
この製品は主に、溶剤(white spiritturpentine)、亜麻仁油、防カビ剤(ジクロフルアニド)からなる。ある期間、レントリンを屋内で使用した多くの個人が裁判に訴えた。
これらのうちのある人々は産業医療病院で検査を受け、病理学的病像がMCSに類似しており、中枢神経系やいくつかの他の器官に症状があることが判明した。
症例の多くは溶剤による急性中毒と診断されたが、産業医たちは、木材防腐剤としてのレントリンの使用と慢性MCS症状との関連性について文書化できなかった(Viskum, 1999)。
しかし、毒物学的評価は、もしレントリンが広範に使用されれば、関連が十分にありそうだとした。
この後デンマークEPAは、レントリンは危険な溶剤を高濃度で含んでいるので屋内での使用を禁じた。
環境医学及び屋内環境に関する二人の専門家による評価に基づき、デンマークの裁判所は、レントリンは原告のMCS症状の直接原因であり得ると裁定した。
専門家たちはジクロフルアニド成分が決定的に重要であるとの意見であった。
4.4 屋内環境に関連したMCS
第2章で述べたように、屋内環境による症状には多くの原因があり得るが、それらは必ずしもMCSに共通であるというわけではない。
この章ではMCS様症状を引き起こす化学物質に注目する。
屋内空気及び様々な屋内の発生源に由来するこれらの化学物質は、集合的に揮発性有機化合物(VOC)と呼ばれることがある。ウォルコフ(1995)は、下記の主要な発生源を挙げた。
•建材、塗料、接着剤、壁紙、家具、カーペット等
•人間の活動に由来するもの:事務様機器、家庭用機器、パーソナル・ケア用品等
•微生物:カビ、菌等
•交通や産業からの屋外空気汚染(4.7節参照)
アメリカの文献には、新しい事務所に移った時、新しい家に引っ越した時、あるいは新しいカーペットを敷いた時などにMCS症状が出た人々の多くの事例がある。
ほとんどの場合、これらの人々は、多くの他の従業員とともに200~300m2のカーペットが敷かれた大きな事務所で働いていた。
カーペットはスチレンとブタジエンを含む接着剤で床に貼り付けられ、それらはポリマー化されたカーペットの下面に塗られていた。(Ashford & Miller, 1998)
アメリカの家庭ではヨーロッパの家庭より多くの化学物質が使用されている。
全人口の多くの部分が、デンマーク/ヨーロッパよりも大きく化学物質に屋内曝露している。
4.5 湾岸戦争症候群 (GWS)
先の戦争(ベトナム、朝鮮)に関しては、ある限られた兵士は帰還した後に様々な症状に悩まされたが、それらのあるものはMCSに似ていた。
これらの症例は、かつて、主に心因性トラウマとして関連付けられ評価されたが、他の仮説も現在、検証中である。
湾岸戦争後、多くの兵士が健康の異常を訴えた結果、アメリカとイギリスで大規模な健康調査が行われることとなった。
いくつかの研究プロジェクトが現在も実施されている。
湾岸戦争症候群 (GWS)の原因としての多くの仮説のひとつは様々な化学物質への曝露であり(農薬、ワクチン、耐毒ガス抗体、等)、兵士等は呼吸又は注射を通じてこれらに曝露していた。
GWSの帰還兵のあるものは、MCS基準を満たしている可能性があり、そのことは、彼等は呼吸によって初期化学物質に中毒しており、その時以来、匂いに触れると様々な症状が現われるようになった。
デンマークの湾岸戦争調査では、湾岸戦争前及び間に、化学物質への曝露があったという事実は明らかにしていない((Ishoy, 1999)。
4.6 コメント
一般的にヨーロッパ、特にデンマークではMCSに対する意識や関心が低いために、発症しているかもしれないMCS様症例の全てが明らかになっているわけではない。
ほとんどの症例は、産業医学調査によって得られており、それらのほとんどは溶剤又は殺虫剤への曝露に関連している。
二人のMCSの若者がデンマークの公衆水泳プールに雇われていた。
特定の状況の下で形成される塩素ヒューム(例えばトリハロメタンやクロラミン)がこれらの症状を引き起こした。
彼等二人はその職場を辞めて再教育を受けなくてはならなかった(Raffn, pers. com., 2001)。
グラベリング(Graveling)は、最も多く化学物質を仕事で取り扱っており、従って最も化学物質に曝露しているはずの人々が、それほど頻繁にMCSになっていないことを発見して、そのことを不思議だとしている。
この留意点はデンマークの現状には合致しておらず、デンマークではMCSと考えられる症例のほとんどは、以前に溶剤に曝露した人々の職業に関連しており、他の職業としては庭師や理容師などがある。
グラベリングは職業的曝露の症例について、自分自身の経験を述べていない。
グラベリングと彼の共著者、その全てはある産業医学研究所に雇われている-は、スコットランドとイギリスにおける職業関連MCS症例の数値を与えていないということは注目すべきことである。
とにかく、イギリス健康安全局(HSE)は彼等に報告書を委託した(Graveling, 1999)(第3章参照)。
上述した木材防腐剤レントリン(Rentolin)に係わる症例は、個人の家庭で起こる数少ない散発性の症例としてよい事例である。
4.7 MCSを引き起こす化学物質
4.7.1 MSCに関連する化学物質と初期曝露
以下の化学物質がMCSと初期曝露に関連して述べられた。:
全てのタイプの有機溶剤(職業用途又は個人用途)、殺虫剤(有機リン系及びカルバミン酸系)、調髪用品(ヘアードレッサー)、塩素を含む物質(例えば公衆水泳プール)
EU報告書からの表4.2 は、MCSを引き起こすと推定され化学物質に関する異なる国の専門家の見解である。有機溶剤と殺虫剤は最も頻繁に言及されている。
デンマークの専門家の報告がストレス-社会心理的な要素とする意見であるということが、MCSが不確かであるということを表してしている(表4.2 最下部)。
これらの要素は必ずしも初期曝露として最もよく知られた要素というわけではない(第2.2.2項も参照のこと)。
表4.2 MCSを顕在化する(初期曝露)可能性のある要素
出展:ヨーロッパ調査(European report, 1994)
DK:デンマーク、S:スウェーデン、N:ノルウェー、SF:フィンランド、D:ドイツ、NL:オランダ、B:ベルギー、UK:イギリス、GR:ギリシャ
曝露要素 DK S N SF D NL B UK GR
アマルガム/水銀 + + +
麻酔ガス +
カーペット、接着剤 + +
ディーゼル排気ガス +
ホルムアルデヒド + + + +
ヘアー・ケア製品 + + +
屋内環境 + + +
脱脂剤 +
メタクリル酸メチル + +
新築・改築ビル + + +
有機溶剤 + + + + + + + + +
塗料、ラッカー + + + +
ペンタクロロフェノール等 + + +
殺虫剤 + + + + + +
薬物 +
印刷材 + +
ストレス-社会心理的要素 + + + +
4.7.2 複合反応を引き起こす化学物質(引き金物質)
表4.3 は、新たなデンマークの情報とアメリカからの文献による広範で最新の様々な化学物質を示す。
表に挙げられた化学物質は、仕事場、公共の場所、個人の家において、屋外はもちろん、屋内でも見出すことができる。
”屋内VOC(揮発性有機化合物)、他”は、この表にない化学物質ヒュームを含む。
ウォルコフ(1955)は、VOCの様々な発生源と検出可能な多くのVOCの双方について詳細な記述を行っている(4.4節参照)。
VOC匂い/匂い濃度の範囲は、(mg/m3 からg/m3 まで、又は、もっと低い)多くの位数を含む。
多くの曝露が、いくつかの化学物質及び化学物質とその他の要素から生じる合成影響による複雑な空気汚染に寄与している。
表4.3 よく報告される原因化学物質
(出展:Miller, 2001 など)
殺虫剤
•有機リン系、カルバミン酸系
有機溶剤
塗料、ラッカー、ワニス
接着剤
金属洗浄
印刷インク及びクリンジング
家庭用化学物質
マニキュア落とし
木材防腐剤
ホルムアルデヒド
ドライクリーニング
タバコの煙
香気
塩素ヒューム(公衆水泳プール)
アスファルト
ヘアーケア製品(アンモニア化合物)
自動車排気ガス
新しいカーペットからのヒューム
香水、オーデコロン
”フレッシュ-エアー”スプレー
石けん、粉石けん、その他家庭用品中の香料
ガソリン蒸気
屋内VOX、その他
反応性物質は他の物質と反応し、原因となり得る新たな生成する。
例えばオゾンは柑橘類油(citrus oil)と反応して強い刺激臭のある化合物を生成する。
蒸着、例えばダスト粒子により、化学物質を不完全に蒸着させるとダスト曝露の原因となる(Wolkoff, 1999)。