3.メタロチオネインの誘導合成
1964年にPiscatorら24)がカドミウムを投与したウサギの肝臓中でメタロチオネイン濃度が増加することを観察し、その誘導性を初めて見出して以来、メタロチオネインは様々な要因によってその合成が誘導されることが報告されている (TABLE 2)3,13,14) 。
メタロチオネインの合成を誘導する金属として、カドミウム以外に亜鉛、銅、水銀、金、銀、ビスマスが知られており、これらの金属はメタロチオネインの合成を誘導し、かつ生体内でメタロチオネインと結合する。
一方、ニッケルやコバルト、マンガン、鉄もメタロチオネインを誘導するが、これらの金属は、生体内ではメタロチオネインと結合して存在することはほとんどない。
これまでにメタロチオネインの合成を促進することが判明している金属以外の物質として、ホルモン、カテコールアミン、サイトカイン、ビタミン、発がん促進剤、起炎剤、有機溶媒、アルキル化剤、キレート剤、農薬および薬剤などがあげられる。
さらに、拘束などの物理的あるいは酸化的ストレスや放射線照射および癌の移植などによってもメタロチオネインの誘導が起こる。
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mtbio-j.htm (2/9)2007/12/11 14:35:15
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メタロチオネインの亜型であるメタロチオネイン-Ⅰおよびメタロチオネイン-Ⅱは、ほとんどの組織で発現が認められ、その遺伝子発現は転写レベルで制御されており、プロモーター領域に金属応答配列 (MRE: metal responsive element) やグルココルチコイド応答配列(GRE:Grucocorticoid responsive element) が存在する25,26)。
また、メタロチオネインの5'上流領域にはSp-1、AP-1およびSTAT3の転写調節因子結合部位が確認されており、これらの因子やMTF-1 (MRE結合蛋白質) が転写因子として機能している25-29)。
メタロチオネイン-Ⅲ遺伝子の発現は脳をはじめ精巣などいくつかの組織で認められ、そのmRNAレベルはメタロチオネイン-Ⅰおよびメタロチオネイン-Ⅱの合成誘導剤によって影響を受けない30,31)。
メタロチオネイン-Ⅳ遺伝子の発現は舌や食道などの重層扁平上皮細胞に限局され、メタロチオネイン-Ⅳプロモーター活性は亜鉛によって上昇するが、その程度はメタロチオネイン-Ⅰプロモーターの場合に比べて低く、重金属以外のメタロチオネイン誘導因子などの影響を受けにくい32)。
4.重金属汚染バイオマーカーとしてのメタロチオネイン
4.1.実験動物における有用性の検討
ヒトにおける重金属汚染に対するバイオマーカーとしてのメタロチオネインの有用性を評価するための基礎研究として実験動物、主としてラットを用いて検討されている。
これまでに多くの研究グループがカドミウムを投与したラットの血漿中および尿中メタロチオネインがラジオイムノアッセイ法によって検出されることを報告している33-36)。
筆者ら33,34)もカドミウムを急性あるいは慢性曝露したラットの血漿および尿中メタロチオネイン濃度がカドミウムの曝露量や腎障害の度合いに依存して増加することを見出している。
さらに、Cosmaら37)は、ラットのリンパ球中でメタロチオネインmRNAレベルがカドミウムの投与量に依存して増加することを報告している。
以上のように、メタロチオネインのタンパク質レベルあるいはmRNAレベルは、ラットにおけるカドミウム汚染バイオマーカーとして評価できることが示され、ヒトにおいても有用である可能性が示唆された。
4.2.ヒトにおける有用性
筆者ら38-41)は、カドミウム曝露による健康影響を個人や集団レベルで早期かつ特異的に把握するための新しい指標として、カドミウム曝露によって生体内で生合成が誘導されるメタロチオネインに着目して、カドミウム土壌汚染地域の住民を対象にカドミウム曝露と尿中メタロチオネイン排泄との関係について、メタロチオネインの高感度定量法であるラジオイムノアッセイにより検討した。
その結果、尿中メタロチオネイン濃度と尿中カドミウム濃度との間に有意な相関が認められるが、腎障害の程度によりグループに分けると、尿中メタロチオネインは尿中カドミウムよりも鋭敏に腎障害を反映することが判明した。
さらに、尿中メタロチオネイン濃度は尿中β2-ミクログロブリンやリソゾーム酵素である尿中N-アセチル-β-D-グルコサミニダーゼとの間にもそれぞれ有意な相関が認められた。
さらに、筆者ら34,38-41)は、カドミウム取り扱い作業者やイタイイタイ病患者とその要観察者が対照群(カドミウム曝露の度合いが低い)に比べて尿中メタロチオネイン濃度が高いこと、しかもその際、尿中メタロチオネイン濃度とカドミウム濃度との間に有意な相関が認められることも確認している。また、Garveyら42)も、尿中へのメタロチオネイン排泄がカドミウムの曝露程度を反映することをカドミウム取り扱い作業者を対象にした検討により確認している。
このように、尿中メタロチオネイン濃度は、カドミウム曝露の度合いのみならず、カドミウムによる尿細管障害の指標ともなり得ることが示され、ヒト個人あるいは集団におけるカドミウム汚染バイオマーカーとして有用であることが示された。
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mtbio-j.htm (3/9)2007/12/11 14:35:15
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最近になって、ヒトにおけるカドミウム曝露の分子バイオマーカーとしてReverseTranscription Polymerase Chain Reaction (RT-PCR)法を用いたメタロチオネインmRNAの発現の検討が試みられている。Gangulyら43)は、カドミウムを高濃度曝露したポーランドの電池工場労働者を対象に、凍結保存した血液中のメタロチオネイン-ⅡmRNAレベルをRT-PCR法により測定した。
その結果、カドミウムを曝露した労働者の血液中メタロチオネイン-ⅡmRNAレベルは非曝露労働者に比べて2.5倍に増加した。
しかも、血液中メタロチオネイン-ⅡmRNAレベルは労働環境下における大気中カドミウム濃度や血液中カドミウム濃度との間に有意な相関が認められた。
従って、彼らは、凍結保存した少量のサンプル量で検出可能なRT-PCR法による血液中メタロチオネインmRNAレベルがカドミウム汚染の分子バイオマーカーとして有用であると報告している。
以上のように、メタロチオネインは、カドミウム摂取量に依存して生合成されて組織へ蓄積し、血液や尿へも分布することから、カドミウム作業者や汚染地域住民の体液中メタロチオネインのタンパク質あるいはmRNAレベルの測定が、カドミウム曝露や中毒発現の度合いを知ることができる重要なバイオマーカーであると考えられる。
4.3.野生生物における有用性
筆者ら44)は、様々な年齢のアザラシを対象に肝臓と腎臓中における重金属の蓄積とメタロチオネイン濃度との関係について検討した。
その結果、アザラシの年齢に依存して肝臓中カドミウム濃度や腎臓中カドミウム、無機水銀および亜鉛濃度並びに両臓器中メタロチオネイン濃度が増加した。しかも、肝臓中メタロチオネイン濃度とカドミウム濃度との間や腎臓中メタロチオネイン濃度とカドミウム、無機水銀および亜鉛濃度との間にそれぞれ有意な相関が認められた。
このように、アザラシは重金属の蓄積に伴ってメタロチオネインが誘導合成されることから、アザラシを対象とした重金属海洋汚染バイオマーカーとしてメタロチオネインが有用である可能性が示唆された。
アザラシ以外の野生生物として、海鳥45)やカタツムリ46,47)、ミミズ48,49)などにおいても、カドミウムの蓄積量に依存してメタロチオネインが増加していることが確認されている。
また、犬の脳および嗅粘膜中のメタロチオネインが加齢に伴って増加することが報告されており、カドミウムなどの重金属の蓄積との関係についても検討が進められている50,51)。以上のように、重金属曝露によって種々の野生生物の生体内でメタロチオネインが変動することが認められ、今後、益々、様々な野生生物を対象に重金属汚染に対するメタロチオネインの役割に関する研究が進展していくものと思われる。