・http://www.nies.go.jp/health/mtbio/mtbio-J.pdf
環境汚染バイオマーカーとしてのメタロチオネインの有用性
佐藤 雅彦 ・ 遠山 千春
環境庁 ・ 国立環境研究所 ・ 環境健康部
(環境毒性学会誌,2(1),27-34,1999掲載)
キーワード : メタロチオネイン, 誘導, 重金属, バイオマーカー, 環境汚染
1.はじめに
1957年にMargoshesとVallee1)によってウマの腎皮質からSH基に富むカドミウム結合タンパク質として単離されたメタロチオネインは、哺乳類のみならず両生類、爬虫類、鳥類、魚類、無脊椎動物など動物全般、さらには植物や真核微生物、原核生物に至るまで広くその存在が確認されている2-11)。
また、メタロチオネインは重金属毒性軽減作用を有しており、メタロチオネイン合成を誘導した動物や培養細胞がカドミウムや無機水銀などの有害金属に対して耐性を示すことが知られている12)。
水俣病やイタイイタイ病などわが国の公害病には重金属がその原因とされているものが多く、最近では水銀、ヒ素、カドミウムおよび鉛などの金属汚染が地球規模的な環境問題となっている。
従って、環境中でのこれらの金属汚染の生体影響における評価指標の開発が世界中で研究されている。
その中でも、メタロチオネインは、重金属をはじめ様々な薬物やストレスなどによってその合成が誘導され3,13,14)、細胞内濃度が比較的変動し易い特徴を有していることから、メタロチオネインを利用した重金属汚染の生体影響評価に関する研究が多くの研究グループによって検討されている。
本稿では、このようなメタロチオネインの性質を利用した環境汚染バイオマーカーとしての有用性について、重金属汚染とメタロチオネインの関係を中心に、これまでに報告されている知見を紹介したい。
2.メタロチオネインの性質
メタロチオネインは、ヒトをはじめ各種動物のみならず藍藻類にいたるまで、亜鉛、カドミウムなどを結合した状態で同様のタンパク質が見出され、メタロチオネイン類として分類されている2-11)。
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mtbio-j.htm (1/9)2007/12/11 14:35:15
mtbio-J多くの哺乳動物でメタロチオネイン-Ⅰとメタロチオネイン-Ⅱの2種の亜型が存在し、ヒトやマウスではメタロチオネイン-Ⅲとメタロチオネイン-IVを含めた4種の亜型の存在が確認されている3)。
これらの亜型はいずれも構成アミノ酸(メタロチオネイン-Ⅰ: 61, メタロチオネイン-Ⅱ: 61, メタロチオネイン-Ⅲ: 68, メタロチオネイン-Ⅳ: 62)のうち20個をシステインが占め、しかもS-S結合を1つも持たず、チロシンなどの芳香族アミノ酸やヒスチジンを含まない低分子量タンパク質(分子量:約7,000)である (TABLE 1) 3)。
メタロチオネインは2つのドメインを有し、C末端側(α-ドメイン)で4個とN末端側(β-ドメイン)で3個の亜鉛もしくはカドミウムがシステイン残基に配位結合できる3)。
現在では、その構造上の特徴に基づいて、①ウマ腎臓のメタロチオネインに類似したシステインの局在性を示すペプチド(Class 1)②酵母メタロチオネインのようにシステイン残基の位置がある程度類似したペプチド(Class 2)③植物やある種のカビに存在し、不規則的に非翻訳的に合成された数個のアミノ酸からなるフィトケラチンのようなポリペプチド(Class 3)などを含めてメタロチオネインと総称されている2)。
メタロチオネインは、重金属の毒性軽減、重金属の蓄積、必須金属である亜鉛や銅の代謝調節およびこれらの金属の他のタンパク質(酵素)への供給、フリーラジカル消去などに重要な生理的役割を果たしている (TABLE 1)3,10,12,13)。
また、部分肝切除後の再生肝15,16)、新生児の組織17)や癌組織18)等増殖の盛んな組織でメタロチオネインの含量が高いことから、細胞の増殖・分化への関与が指摘されている。
しかもこのような組織において、通常は細胞内の細胞質に存在するメタロチオネインが核に局在していることも確認されている15,16)。
近年、遺伝子工学的な手法を用いて、メタロチオネイン遺伝子を導入した細胞19)、メタロチオネイン遺伝子をジーンターゲティング法により欠失させたメタロチオネインタンパク質を発現しないメタロチオネインノックアウトマウス20-22)およびメタロチオネイン遺伝子を組み込むことによってメタロチオネインが常に多量に発現するようになったメタロチオネイントランスジェニックマウス23)などが作製され、メタロチオネインの発現量を細胞並びに動物レベルで調節することによって、メタロチオネインの生理機能が解明されつつある。