Ⅳ.考察
化学物質負荷により発症した化学物質過敏症および慢性疲労症候群患者40名において遺伝的解毒機構を調べた。
結果は症例の95%に第一相解毒酵素活性の亢進が認められ、これは生体異物、および薬剤による誘導化学物質、炎症によることを意味していた。
第二相酵素GST‐α、GST‐μ、およびGST‐θのタンパク分析では、多くの例で解毒の欠損が認められた。
GST‐μで0.2U/ml以下、GSTT1で0.3ng/ml以下では、遺伝子テストで多型性の対応する部位の欠失が認められた。他の例では、グルタチオン、またはその前段階であるシステインの欠乏が酵素昨日の減少に先行していた。末梢血の細胞内グルタチオン測定により、グルタチオンの欠乏がGST‐μ活性低下を伴った5例に認められた。
本研究対象患者の遺伝子分析の結果は、第二相酵素のGSTM1(48%)とGSTT1(10%)では、正常人と似た分析を示していた。
一方、GSTP1とNAT2酵素の多型性は、それぞれ42%(中部ヨーロッパでは28%)、および65%(中部ヨーロッパでは57%)の頻度で認められた。
個々の環境負荷因子を顧慮しても、重要な結果と言える。
殺虫剤発症のA群患者では、自然遺伝子型(GSTP*A)も認められるが、14例中10例(71%)という高率でGSTP*Bという塩基配列でA313→G、アミノ酸配列ではⅠre→Ⅴalとなる変異が認められた。
1例ではあるが、塩基配列でC341-Tという、アミノ酸配列ではAla114→Ⅴalとなる(GSTP1*C)結果が得られた。試験管内の実験では、多型性*B、*Cは酵素の活性センターに関係した変異を起こすことが知られている。
特にアミノ酸配列位置105はGSTP1の基質特異性に重要な役割をはたしている21)。一方、多型性*Cは酵素の半減期が短縮することが知られている22)。
多型性*B、*Cを持っている人は、ベンゾピレンのような多環式の炭化水素やエポシキのような中間代謝副産物のGSTP1による解毒能力が低下していると言える。
またGSTP1により、殺虫剤が解毒されることが知られてきた23)。
このGSTP1、すなわちグルタチオン‐S-転移酵素は脳内に、また脳血液関門に存在し、神経毒の解毒を行う重要な酵素である19)。
パーキンソン病患者の研究結果が示しているように、殺虫剤負荷と多型性GSTP1*B、または*Cを有する固体は、自然型のGSTP1解毒機構を有する固体よりも発病頻度が増加する。
そのために、多型性GSTP1*B、または*Cを有する患者は神経毒に対して感受性が高く、神経疾患発症の危険性が高いこととなる19)。
われわれの患者でも、片頭痛、視力障害、平衡障害、めまい、筋力低下や麻痺のような神経症状が出現している。多型性GSTP1の頻度と各種症状の出現との間にはこのような関係があるように思われる。
重金属負荷B群では、66%(10/15)にグルタチオン‐S-転移酵素μ(GSTM1遺伝型0/0)が認められた。
さらに症例の87%(13/15)にN‐アセチルトランスフェラーゼ遺伝子の重大なミューテーションが認められ、これはアセチル化が遅鈍であることを示している。
今日、重金属負荷とグルタチオン代謝が非常に緊密な関係にあることが知られている。
さらにアマルガム充填物からの水銀については詳細な研究が進められてきた。
アマルガムから電流が生じて発生する2価水銀(HG2+)は食物と一緒に消化管に到達する。
一部の水銀は腸管内の細菌によりメチル水銀化される24)。
これは多分無機水銀よりも容易に吸収されるであろう。
血流に乗ったメチル水銀は脳血液関門や胎盤を通過する。
肝臓ではHG2+はNa-K-ATPaseキャリアーに取り込まれる25)。
肝細胞に取り込まれたHG2+はすばやく遊離GSHと結合して、Hg-GSHを形成する。
Hg-GSHは他のGSH結合物と同様に、排出ポンプで細胞外へ放り出される。
そして水溶性のGSH結合物は通常腎臓から迅速に排出される。
最近知られたことであるが、ここで多種類薬物耐性タンパク(multi-drug-resistant-proteins MDRと略)が決定的な役割を果たす26)。