2.4 MCS の症状を引き起こすきっかけはなにか?
文献の中で述べられている感受性の高い人々のMCS症状に関連する因子の範囲は著しく広範で多様であり、それらは合成化学物質及び、電磁放射のような物理的、非化学的な因子を含む。
これらの化学物質のあるものは下記に示される(Waddell, 1993)。
石炭、石油、ガス及び燃料
鉱物油、ワセリン、ワックス、アスファルト、タール、樹脂、染料、接着剤
消毒液、消臭剤、洗剤
ゴム、プラスチック、合成繊維、上塗り
アルコール、グリコール、アルデヒド、エステル、誘導体
南オーストラリア州保健省の記録は、同州のMCS患者が一般的に問題があるとして特定する広範な化学物質を示しているが、グリホサートのような農薬がしばしば引用されている。
上記の化学物質や薬品に加えて、オーストラリア化学傷害連合(ACTA)は南オーストラリア州議会のMCS審議(SA Inquiry, Social Development Committee, 2005)に提出した書簡の中で、MCSの症状を引き起こす一般的な因子として下記をリストした。
農薬
香水、髭剃り後ローション、消臭剤のような香料
塗料を含む実質的に全ての揮発性有機化合物
タバコの煙、クリーニング用品
敷物類、印刷インク、軟質プラスチック、合成織物
塩素化及びフッ素化された水
医薬品、麻酔剤
コンピュータ、テレビ、携帯電話、有線電話、モター内臓機器、写真複写機、短波発信機、高圧電力線
南オーストラリア州議会審議会はまた、MCSの因子として特定の化学物質を特定した労働者たちからの提出書類を受け取った。
グルタルアルデヒドがヘルスケア・ワーカーにとって懸念ある化学物質として特定され、油圧液と潤滑油が飛行機の操縦士と客室スタッフにとって懸念ある化学物質であった(Social Development Committee, 2005)。
オーストラリアでは、MCSに関連する健康問題はまた、例えば、ウェイジラップのアルコア製油所からの排出など、特定の産業からの環境排出に関連している(West Australian Legislative Council, 2004)。
アッシュフォードとミラー(Ashford and Miller (1998) )はMCSの原因となる化学的因子と、状態がいったん確立された後に症状を引き起こす因子とを区別する必要があることを強調した。
研究は、”原因となる(inducing)”化学物質は、その後に感受性の高い人に症状を”引き起こす(trigger)”化学物質と必ずしも同じではないことを示唆している。
この区別はある化学物質の既知の毒性を、症状の理解と効果的な治療法の確立、このことが重要であるが、に関連付けることの困難さを説明しているかもしれない。
報告されているMCSの症状を引き起こす化学的トリガー物質は多様でしばしば化学的には無関係である。
研究報告は、MCSの病因には心因性要素があるらしいことを示唆している。
質問:MCSにおいて特定されている追加的トリガーがあるか?
2.5 MCS は臨床的に定義できるか?
MCSを臨床的に定義することは困難であることがわかり、診断基準を確立するためのいくつの試みがなされた(Kreutzer, 2000)。
”多種化学物質過敏症”という術語は、症例定義を提案したカレンによって1987年に造りだされた。
次の記述(Cullen 1987)は、MCS文献の中でもっとも一般的に引用されている症例定義である。
”この障害は、なんらかの記述可能な環境暴露に関連して獲得される。
症状はひとつ以上の器官に関係し、一般の人々に有害影響を引き起こすことが知られているよりもはるかに低い用量で、化学的には無関係な化合物によって引き起こされる。器官系機能のテストで症状を説明できるものはない。
カレンの症例定義に対して、多くの異論が続出した。アッシュフォードとミラー(Ashford and Miller (1991))は、カレンの基準は臨床現場で使用するにはあまりにも狭すぎると主張した。
彼らは、ジャーナル”Clinical Ecology”によって使用されたものに基づき、診断目的で使用できる記述を追加した定義を提案した。
彼らの定義は、環境的因子(environmental incitants)に対する有害反応により引き起こされ、個人の感受性と特定の適応性によって変わる”MCSは慢性的多重システム障害で、通常は、多重症状である”。
診断のために、アッシュフォードとミラー(Ashford and Miller (1991))は、患者は注意深く管理された二重盲検条件の下でMCSであることが示されるべきこと、作用因子を除去すると彼らの症状はなくなり、特定の因子で再度刺激すると症状がまた出るということを追加的に提案した。
全米研究協議会(NRC)と環境労働診療所協会は1992年にカレンの基準のうち記述可能な暴露という必要条件を除く全ての要素を統合した。
一方、スパークスら(Sparks et al. (1994))は、カレンの基準の主要な実際的な限界は暴露-症状関係が主観的で非特定的であることであり、二重盲検プラセボ対照法試験の使用を確立する方がよいと主張した。
他の研究者らは、器官機能不全の確認をすることのできる客観的な測定又は身体的所見が存在せず、その障害が患者の定義による、すなわち医師は診断時に患者の症状と暴露報告に依存するという理由でこれらの症例定義を拒絶した(Gots et al. 1993; Waddell, 1993; American Academy of Allergy and Immunology, 1999)。
1996年に開催された世界保健機関のMCSに関するワークショップは、大部分の人には耐えることができ、既知の医学的又は精神的/心理的障害によっては説明できない多様な環境要素に関連して複数の再発症状を持つ獲得された障害であるとして、その状態を述べた。
そのワークショップはまた、何がMCSを引き起こすかについてのいくつかの定義の存在に言及しつつ、MCSという術語は因果関係に関して実証されていない判断をすることがあるので、その使用は廃止すべきであると結論付けた(IPCS, 1996)。
MCSについて広範な経験を持つが、その病因に関して異なる見解を持つ、89人の臨床医と研究者による1989年の調査から、MCSを次のように定義しつつ、5つの診断基準が確立された、
”MCSは慢性的な病気で、(1) 再現性をもって再発性し、(3) 多種の無関係な化学物質に、(2) 低レベル暴露で反応し、(4) 原因物質が除去されると改善又は解決する”(Nethercott et al. 1993)。
その後、追加的な基準がバルサら(Bartha et al. (1999))によって含められた。
すなわち、(5) 単一器官系障害、例えばこれら5つの基準に合致するかもしれない偏頭痛と区別するために”症状は多臓器系で出るべきこと”。
バルサら(Bartha et al. (1999)のこれら6つの基準は、’1999年合意基準’として参照され、一般的に研究定義中に含まれている。
多種化学物質過敏症(MCS)1999年合意
(Bartha et al 1999)
慢性的疾患である
暴露の繰り返しで症状は再現する
低レベル暴露で反応する
関連のない多種化学物質に反応する
原因が除かれると症状は改善する
症状は多臓器系で起こる
2002年に実施されたニューサウスウェールズ(NSW)州保健省成人健康調査には化学物質過敏症に関する質問が含まれており、これらの合意基準が使用された(NSW Department of Health 2002)。
重要なことは、MCSのためのこれらの6つの定義基準を特定することはもちろん、バルサら(Bartha et al. (1999))はまた、もし、別の唯一の多臓器系障害が、ある化学物質への暴露の結果である兆候及び症状の全てに帰因するといえるなら、MCSの診断は除外することができるということに言及した。
多くのMCSレビューで、他の単一の特定された障害プロセスへの帰因がないことを求めるこの追加の7番目の基準は、1999年合意基準の一部として含まれる(eg. Read 2002; Social Development Committee 2005)。 異なるMCS定義の判別有効性についてのその後の調査で、マッケオンエイセンら(McKeown-Eyssen et al. (2001))は、一般、アレルギー、職業病、及び環境病に関連する診療を行っている4126人のカナダ人医師を調査した。ネザーコットら( Nethercott et al. (1993))の症例定義、及び’1999年合意’の症例定義は、最もMCSであるらしい患者と一般診療患者とを区別するために最も有効であること示した。
残念ながら、臨床現場ではMCS診断のための標準化された基準が欠如しているように見える。多くの環境医師は発表され症例定義は診断目的には制限があることを見つけており、また、ひとつの化学物質に反応する人々や、たとえば気管支発作(bronchospasm)のようにある程度の変化が生じる人々をMCS診断に含めている(Eaton et al. 2000)。
その他の症例定義も提案されているが、しっかりしたテストは実施されておらず、広く認知されていない(Simon et al. 1990; Kipen & Fiedler, 2000)。英国アレルギー・環境・栄養医学会(BSAENM)は、全ての他の潜在的原因の消去に依存するいわゆる毒物誘因耐性喪失(TILT)のためのミラー(Miller (2000) )により提案された基準に賛同した(Eaton et al. 2000; Miller, 2000)。
ラッカーら(Lacour et al (2005))による最近のレビューは、MCS患者の自己申告において、非特定中枢神経(nonspecific CNS)症状の訴えが多いことに言及し、そのようなCNS症状の存在は、少なくとも6ヶ月間の重要なライフスタイルの悪化又は機能の悪化とともに、診断基準の必須項目とすべきであることを示唆した。
MCSの症例定義は普遍的には合意されていないが、MCSの研究定義においては1999年合意基準が一般的に使用されており、これらの基準はオーストラリアの調査においても使用されている。