1 エグゼクティブ・サマリー
1.1 概要
多種化学物質過敏症(MCS)は、根底にある病因/原因が不確かであり、よく定義されていない複雑な一連の症状を言い表すために用いられる用語のひとつである。
MCSを広範な環境的作用因子(化学物質を含む)及びその他の因子に関連付ける報告書がある。
個人により報告される共通の事項は、非常に低いレベルの化学物質に対し高い反応を示すことである。
敏感な個人に見られるMCS症状に関連する作用因子の範囲は著しく広範で多様である。
同様に個人が経験する症状は多様であり、報告される症状はある場合には体を全く衰弱させるものである。
入手可能な報告書は、MCSの個人がきっかけとなる作用因子に暴露しても、典型的な用量-反応の関係を示さないことを示唆している。
MCS症状を誘発するのは、薬理学的又は毒物学的特性自体ではなく、きっかけとなる作用因子の香り又は臭気であることを示唆するチャレンジ テストもある。
MCSは定義が難しく、したがってこの障害の診断基準を確立するために、臨床的な治療やいくつかの試みがなされてきた。
1999年に開発された”合意基準”(訳注)は、多種の相互関連のない化学物質に低レベルで暴露すると再現性のある症状が多臓器にわたりでる慢性的な疾患としてMCSを記述している。
これらの基準は、オーストラリア国家健康調査を含む、研究目的及び地域のMCS有病率の調査のために限定された範囲で用いられてきた。
(訳注):多種化学物質過敏症(MCS)1999年合意 (当研究会訳)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/sick_school/cs_kaigai/mcs_1999_consensus.html
しかし、臨床現場でのMCSの症例を特定するための標準化された基準は存在しない。
MCSの診断は現在は自己申告された症状に基づいている。MCSのための合意された症例定義と客観的な実験用指標(マーカー)の欠如は、患者の治療を著しく阻害しており、MCSについての更なる研究を難しくしている。
MCSを定義するために多くの試みがなされてきたが、MCSの個人を、疲労、頭痛、めまい、集中力欠如、又は記憶喪失のような症状を経験し慢性疲労症候群というような診断を下される他の人々と区別する明白な疫学的証拠又は定量的又は定性的暴露データは存在しない。
現在、MCSのための標準化された治療法は存在しない。現在の治療には、処方薬や行動セラピーとともに化学物質からの回避、食事療法、栄養補助剤、解毒施療、ホリスティック又はボディ・セラピーなどがある。
MCSの根底にある原因と病因に関する合意の欠如とそれに続くMCSの使用できる定義に関する合意の欠如は、MCS患者の臨床的管理に影響を与え、MCSに関する科学的な分析/調査及び臨床的研究への取り組みの障害となっている。
MCSについての臨床的及び実験的研究の両方が求められる。MCS対象を特定し、自己診断の欠点を克服するために客観的な臨床基準の必要性が重要となる。このことにより、有病率データを収集することが可能となり、MCSである個人と、香り又は臭気に対して一般的な嫌悪を持つ人々とを区別することが可能となる。
原因となる要素をよりよく調査するために、再現性があり適切に管理された課題研究を通じて、更なる作業もまた必要となる。診断経験、臨床的過程、及び治療/管理戦略の影響を評価するために、MCSの自然なままの歴史を検証し、誘引要素/出来事を特定するための長期的な臨床研究もまた必要である。
1.2 得られた知見
全体として、次の基本的研究の必要性は明らかである。
MCSの根底にある原因と引き金を特定すること
臨床及び科学のグループに受け入れられる合意された診断基準を確立すること
自己申告症例と医学的に診断された症例の両方についてMCSの有病率を決定すること
適切に目隠しされたチャレンジ・テストを採用して、この障害の過程におけるトキシコダイナミック(toxicodynamic)及び、もしあれば、心因性メカニズムの相対的寄与の根拠を決定すること
積極的な治療連合体や個人の自己管理に基づく効果的な治療/管理プロトコールを決定すること
それぞれの領域の研究のための特定の所見は下記に示すとおりである。
1.2.1 MCSの原因に対する研究
何がMCSの原因であるかに関し、多くの議論がある。
文献は多くの潜在的な原因となる作用様態を記述しており、それらの多くは更なるテストの余地がある。
科学的文献の分析は、MCSのもっとも信頼できる生理学的なメカニズムは大脳辺縁系燃え上がり(limbic kindling/neural)/神経系過敏であり、それは化学物質暴露の結果又はその文脈の中で、嗅覚系、大脳辺縁系、中脳辺縁系、及び関連する中枢神経系経路に生じるということを提案している。
科学的な証拠の重みは現在、生理学的メカニズムはMCSにおける役割の一部を演じているかもしれないが、一方、病因論における心理的又は心因的要素もあるかもしれないと示唆している。
医学界/科学界の意見は、MCSには生理学的、心理学的、及び社会的傾向に関わる多要素原因があることを示唆している。
所見1:提案される作用様態についての目標を定めた研究
さらなる研究検討を妥当とする多くの提案されたメカニズムがあるが、生物学的妥当性、テスト可能性、及び既知の研究ギャップに基づき、下記に示す MCS 原因の科学的理論がさらなる科学的研究と調査のために優先事項として勧告される。
免疫学的変数
呼吸器系障害/神経性炎症
大脳辺縁系燃え上がり(limbic kindling/neural)/神経系過敏、及び心理的共同因子
酸化窒素、パーオキシナイトライト、NMDA 受容体の高活性化
1.2.2 臨床学的研究の必要性
MCSの根底にある病理学的プロセス及び治療又は管理を特定しつつ、臨床的レビューは MCS 診断のための合意された基準に関わる困難さを明らかにしている。
入手可能な報告書は、MCSの個人がきっかけとなる因子に暴露しても典型的な用量-反応関係を示さないことを示唆している。
いくつかのチャレンジ・テストは MCS 症状を誘発するのは、薬理学的又は毒物学的特性自体ではなく、きっかけとなる作用因子の香り又は臭気であることを示唆している。
全体として、多くの主要な臨床的研究の必要性は明らかである。
臨床学会及び科学界のグループに受け入れられる合意された診断基準を確立すること
自己申告症例と医学的に診断された症例の両方についてMCSの有病率を決定すること
適切に目隠しされたチャレンジ・テストを採用して、この障害の過程におけるトキシコダイナミック(toxicodynamic)及び、もしあれば、心因性メカニズムの相対的寄与の根拠を決定すること
積極的な治療連合や個人の自己管理に基づく効果的な治療/管理プロトコールを決定すること
所見2:長期的研究
オーストラリアにおけるMCSの臨床的状況をよりよく理解するために、MCSの人々の自然なままの歴史をもっとよく見る必要がある。
長期的臨床研究(すなわち、MCSがどのように時間ともに進展するか)がMCSの要素、及び今まで見過ごされてきたかもしれない領域を特定する上で役に立つはずである。
そのような研究は、誘引因子/出来事、診断経験、臨床的過程、及び治療/管理戦略の影響を検証すべきである。
そのような長期的研究に着手するために、そのような研究に関わることに準備ができているMCSの人々を特定する必要がある。付属1 知見は、この問題に目を向けた提案されているいくつかの実際的な措置を提供している。
所見3:教育/訓練
臨床的教育プログラムの開発が調査されるべきである。
そのようなプログラムは、現在オーストラリアにおける臨床研究から得られるあらゆる知見(長期的研究など)を利用し、最近のMCSの臨床的レビューへの参加者により合意されたMCS臨床管理へのアプローチに関する現実的な指針を検討して、現在入手可能な証拠に基づくべきである。
最後に、MCSに関する懸念に目を向けるために、そして適切な支援と治療を求めるために影響を受けるかもしれない人々を支援するために、よりよい情報公開の必要性がある。
臨床医、職場、及びコミュニティにMCSという言葉によて現在理解されていること、及びMCSによって影響を受けている人々を支援する実際的な方法について知らせることを目的として、情報提供は南オーストラリア政府MCSリファレンス・グループを含む、MCS支援及び運動グループにも求められるべきであるる。。