その5:第9部:化学物質過敏症に関する情報収集、解析調査報告書 | 化学物質過敏症 runのブログ

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要するに、たとえ行為時点で結果発生の具体的危険が認識されていなかった場合でも、予見義務を課すことにより認識することのできた結果については、過失断の前提としての予見可能性要件を充たすという枠組みが採用されているのである。
ここまでの民事過失論の到達点を踏まえて、「化学物質過敏症」事例をながめたとき、通説の枠組みのもとでは、次のような帰結を導くことができる。
第一に、「化学物質過敏症」という疾病自体についての予見可能性は、必要でない。

もとより、遅くとも、「化学物質過敏症」の診断基準が厚生労働省研究班により示され、同時に、厚生労働省から一般市民向けに啓発パンフレットが出された1996 年以降は、個々具体的な事件で、被害者側が化学物質への接触・暴露を通じて身体の異常を感じるようになった時点で、加害者としては、被害者の当該状況が「化学物質過敏症」に言われることのある疾病ではないかと合理的な疑いを抱くことが、専門的医師のみならず、一般市民にとっても可能であったものと見ることができるように思われる16。

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12 四宮・前掲書303 頁。
13 幾代通『不法行為』(筑摩書房、1977 年)38 頁。「予見の対象は、たとえば、特定の経
路を経ての特定の疾病の発生、何らかの疾病の発生、生物体への何らかの異常の発生というふうに、さまざまの抽象度において画定されうるし、この抽象度の高いところまで含めれば(被害主体の範囲の抽象度の高さとあいまって)、過失が認定される場合は広まり、それだけ実質的には無過失責任へ近づく」とされる(同頁)。

14 森島昭夫『不法行為法講義』(有斐閣、1987 年)189 頁以下、平井宜雄『債権各論Ⅱ 不法行為』(弘文堂、1992 年)28 頁。15 潮見佳男『民事過失の帰責構造』(信山社、1995 年)55 頁、同『不法行為法』(信山社、1999 年)160 頁以下、加藤雅信『新民法大系V 事務管理・不当利得・不法行為(第2版)』(有斐閣、2005 年)146 頁以下。16

ましていわんや、原・前掲論文18 頁で紹介されている事案(医療機関が使用者として被害者たる労働者に対峙するケース)では、被告は、原告から異常を申し出られた初期段階で、医療にかかる専門機関として、その専門的知見と専門的技術をもって、原告の病態に関する検査・文献調査をすべきであると言える。

そして、かかる義務を尽くしたならば、どんなに遅くとも「化学物質過敏症」の診断基準が厚生省研究班によって作成された1996年度以降は、被告は容易にこの事実に到達し、原告の病態が化学物質過敏症に相当する疾裁判例で充実を見た過失論以前の)伝統的な過失の判断枠組みだけで対処可能と考えられる17。
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第二に、1996 年よりも前の事件(1996 年度の研究班の「判断基準」に決定的な信用を置かない場合には、その後の事件も)については、被害者の身体に異変が生じた段階で、加害者側に合理的な行為者ならばいかなる情報収集・調査行為をとるべきであったか(それとも、そのような行動は義務づけられていなかったか)が探求されるべきである(情報集・調査研究義務としての予見義務)。

ここで、このような予見義務が課される際の基礎となるのは、加害者側が医療機関の場合には、当該医師が属するグループの標準的医師としての専門的知見であり、建物建築関連業者である場合には、当該業者が属するグループの標準的な業者としての専門的知見である。

このような専門的なグループ化ができない場面では、一般市民の知識・情報の量およびその内容に照らして、被害者の身体に異変が生じた段階で、いかなる措置をとるべきであったかが問題とされる。
「化学物質」による健康被害を受けた者が損害賠償請求をした事件では、請求相手方が医療機関である場合や、各種の「化学物質」を業として扱う事業者である場合がある。

あるいは、問題の化学物質を放出するおそれのある製品について検査管理ないしその委託システムを有している事業者である場合がある。

このような場合には、それぞれの状況において標準的な医療機関・専門事業者に求められる情報収集・調査研究を怠った相手方当事者は、結果発生の予見不可能をもって抗弁することができないものと言うべきである。