8 東京高判平成18 年8 月31 日判時1959 号3 頁(イトーヨーカ堂事件控訴審)
6事件の控訴審判決である。Xらの請求が一部認容された。標記テーマにかかる裁判所の判断は、以下のものである。なお、①から⑤までは因果関係、⑥から⑨までは過失に関する判断である。
[判旨]
① 判決は、まず、次のように述べて、Xの本件症状が化学物質過敏症と言えるものかどうかにかかわらず、Xの症状が本件ストーブから発せられる化学物質から生じたものであるとした。
「Xらは、Xは化学物質過敏症であると主張する。しかしながら、…A医師の診断は、化学物質過敏症の診断基準に照らし、主症状1 項目、副症状2 項目、検査所見2 項目に該当するというものであるから、…診断基準の〔2〕主症状1 項目+副症状6 項目+検査所見2 項目を満たすものとはいえない。もっとも、…Xの発症の経緯及びその後の症状や客観的な検査所見の存在に加え、上記判断基準の一部が欠けていれば直ちに化学物質過敏症ではないということはできないことに照らすと、Xの本件症状は、定義された化学物質過敏症に該当するか否かはともかく、本件ストーブから発生した化学物質によって生じたものであり、その結果、化学物質に対する過敏症を獲得したものと認めるのが相当である。」
② Yらは、本件ストーブからXの本件症状およびその後の化学物質に対する過敏症を生じさせた原因物質が発生したことを争い、財団法人化学物質評価研究機構および株式会社環境管理センターの試験結果について、いずれもXが自室内で使用したのと同一条件下のものではなく、これにより、Xが同様の化学物質に暴露したものとは認められないと主張した。
しかし、本判決は、「Xの自室と同一条件を再現していないとしても、本件ストーブから化学物質が発生することの有無を確認することができることはいうまでもない」とした。また、Yらは、捕集されたとする化学物質が実験によって異なることから、いずれの実験結果についても信用性に疑問がある旨の主張をしたが、本判決は、「各実験結果は、その方法や条件を異にするものであるから、捕集される化学物質が異なるものであったとしても、そのことによって、各実験結果の信用性に疑いが生ずるものではない」とし、さらに続けて、「発生した熱分解物質のすべてを捕集できる捕集剤は存在せず、また、捕集した熱分解物質のすべてを抽出できる抽出剤も存在しないから、捕集した化学物質が存在するということはできるが、捕集されなかった化学物質が存在しないということにはならない」ので、「少なくとも、いずれかの実験において捕集された物質は、いずれも条件次第で本件ストーブから発生し得るものと認めるのが相当である」とした。
本判決は、その他の点でも、機構およびセンターの検査結果を不合理とするに足りる証拠はないとした。
X側提出になるS医師の意見書についても、同様に不合理な点はないとの評価を下した。
③ Yらは、仮に本件ストーブから化学物質が発生していたとしても、それが許容限度を超えるものであったことは立証されておらず、また、化学物質の発生が直ちに人体に影響を与えるものとは言えないと主張した。
しかし、本判決は、次のように述べて、これを斥けた。
「確かに、Xが具体的にどれだけの量の化学物質に暴露されたかについては、これを直接認めることのできる証拠はない。しかしながら、前記認定の事実からすれば、本件ストーブは、極めて多種類の、しかも人体にとってその性質上有害性のある化学物質を発生させるものである上、センターの報告書において発生量が報告されている4 種類の化学物質のうちアセトアルデヒドについては、室内濃度値を超える程度のものであることを推認することができ、また、本件ストーブの稼働を続ければ、その4 種類の化学物質のみによっても、平成12 年12 月に定められた総揮発性有機化合物量(TVOC)の室内濃度値の暫定目標値400μg/立方メートル(乙21)を超えるに至ることになるものと推認することができる。 / しかも、Xは、1 か月近くの間、連日のように自室で長時間勉強をする中で、換気をせずに本件ストーブを勉強机の下の足のすぐ近くに置いて使用していたことからすれば、本件ストーブから発生した化学物質の相当量に、それが室内に拡散する前に暴露されていたものと考えられ、Xは、平成13 年1 月27 日ころから同年2 月25 日ころまでの間、相当多量の化学物質の暴露を受けたものと認めるのが相当である。 / また、化学物質に暴露し、その濃度が室内濃度値を超えていたとしても、これが直ちに人体に影響を及ぼすことを意味するものでないことは、Yら主張のとおりであるが、…具体的な化学物質の種類やその量を特定することはできないものの、Xが、前記認定のような経緯において、人体にとってその性質上有害性のある多種類かつ相当多量の化学物質の暴露を受けたことは優に推認することができるものである。そうであるとすれば、これにより本件症状等が生じたことについては、高度の蓋然性を認めることができるというべきである。」
④ Yらは、化学物質を発生させるものとしては、Xの自宅の家屋そのものや他の電化製品など様々な原因が考えられると主張した。
しかし、この点についても、本判決は、「確かに、化学物質を発生させる要因は様々であり、本件ストーブに限られないものである」が、「Yらは、これを具体的に特定して主張立証するものではなく、証拠上、他の原因が存在することをうかがわせる事実を認めることはできない」として、Yらの主張は因果関係の認定を左右するものではないとした。
⑤ Yらは、本件同型ストーブ等は多数販売されているが、これを購入して使用した者の中になんらかの症状が現れたという者はXのほかに存在しないと主張した。
しかし、この点についても、本判決は、次のように述べて、その主張を斥けた。
「他に、類似の症状を発生した者が具体的に認められないとしても、…本件同型ストーブ等について補助参加人に対して問合せがされたもののうち、3 分の1 が臭いに関するものであり、臭いが消えないとして返品にまで至ったものが4 件あることからすれば、上記の問い合わせに係る臭いとは、本件同型ストーブ等を継続して使用し難いほどの異臭というべきものであって、本件同型ストーブから…多くの有害な化学物質が発生していることに照らしても、Xの本件症状の程度には至らないまでも、何らかの身体的影響を受けた者が存在し得ることは容易に推認することができる。 / また、補助参加人に対する問い合わせの数は、販売台数に比べると数字の上では少数ということもできるが、異臭を感じた者がすべてメーカーや販売店に対して問い合わせをするものとは認められず、上記のように何らかの身体的影響を受けた者の存在も推認することができることからすれば、このような問い合わせ数の多寡を殊更に強調するのは相当でなく、上記の点が本件の因果関係の認定を左右するものとは認めることができない。…他に、本件症状の発生の原因として首肯し得るような事実が認められない本件においては、本件ストーブの使用とXの本件症状との間の因果関係を認めるに足りる高度の蓋然性が存在するものというべきである。」
⑥ Xらは、販売者であるスーパーマーケットYの過失を問うにあたり、Y自身が「本件同型ストーブを稼働させてその安全性を確認すべき注意義務」を負っていたと主張したが、この点について、本判決は、「家電販売店の中には、新規の電気製品を取り扱うに際して、当該商品のサンプルを稼働させ、電気式の暖房器具については、その稼働により、異臭が発生しないか、部材が加熱されすぎないか、形式上の問題がないかなどの確認をした上で、店舗で販売するに至る販売店があることが認められる」ものの、「上記家電販売店がこれを顧客に対する法的義務の履行として行っているものとは認められず、また、電化製品の修理を含めた専門店におけるのと同一の対応をスーパーマーケットに求めることも困難というべきである」として、その主張を斥けた。
さらに、本判決は、「同じ型番のストーブがJQAによる技術基準に関する検査を経ていることからすれば、Yにおいて、その外観から、自らこれを稼働して調査する必要を認めなかったとしても、この点につき安全性の確認義務を怠ったものということはできない」こと、本件ストーブが「中国製であることから、直ちに何らかの具体的な欠陥を想定することはできず、まして、本件ストーブが化学物質を発生させることを具体的に予見することは困難であり、そのような欠陥の存在を前提とした調査の義務を認めることもできない」とした。
⑦ しかし、本判決は、本件ストーブからの異臭に関するクレームが数多く寄せられていた点に着目し、「電気ストーブについては、異臭が発生するということは少なくとも異例の事態ということができ、また、異臭が発生することは何らかの化学物質の発生を伴うものと考えられることから、家電業界の中には、そのような場合には、直ちに販売を中止し、商品を回収すべきものとする認識もあることが認められる」うえに、「Yは、品販売後も抜取り検査をするなど、品質管理をし、納入業者との情報の共有に努めていたものであるから、遅くとも平成12 年中には、本件同型ストーブ等の異臭に関する問い合わせが補助参加人にされていることを共通の認識とし得たものというべきである」とした。
そして、「Yは、販売者ではあるが、その店舗において、多種多数の電気ストーブと共に本件同型ストーブの販売に携わるものである以上、本件同型ストーブから異臭が生ずることが通常のことではなく、また、異臭が生ずる場合にはこれと共に化学物質が発生していることを予見し得たものというべきである」とした。
この点に関連して、本判決は、「本件同型ストーブの使用に伴って異臭が、したがって化学物質が発生するという事態については、当時、Yには当該化学物質の安全性について全く認識がない状態であった以上(このことは、弁論の全趣旨から明らかである。)、全国的に多数の店舗を構え、本件同型ストーブを大量に販売する者として、これを本件同型ストーブの安全性にかかわる重大な問題と受け止めてしかるべきであったというべきである」と述べ、Yの予見義務(検査確認義務)を介して、上記予見可能性を導いている(化学物質発生についての予見可能性を肯定)。
⑧ さらに、本判決は、本件ストーブから発生する化学物質により本件症状が生じることの予見について触れ、「遅くとも平成12 年中には、シックハウス症候群の報道などを通じて、家庭生活において、建材、塗装、接着剤等の使用により化学物質が発生し、その化学物質により人の健康被害が発生することが知られ、また、化学物質への反応には個人差があり、過敏症を生ずることなども一般的に知られていたものと認められる」とした。
このようにして、本判決は、「本件同型ストーブの異臭の発生を認識し得た以上、化学物質の発生は容易に予見することができ、また、これを予見すべき義務があったものであり、さらに、本件同型ストーブは室内で使用され、通常は換気の必要もないものであることから、これを使用する者が、通常の用法に従った使用をすることによって、閉鎖的な環境において化学物質の暴露を受け、身体的影響を受けることがあることを容易に予見し得たものというべきである」とした(本件症状についての予見可能性の肯定)。
⑨ そのうえで、結果回避義務違反の点に関して、本判決は、「本件同型ストーブは電気ストーブであって…使用者は通常換気の必要性を認識していないこと(取扱説明書にもその必要は記載されていない。)に加えて、化学物質の発生も知らされていないのであるから、Yにおいては、最低限、その使用者が本件同型ストーブから発生する化学物質の過度の暴露を避けること(使用形態や使用時間の調整、適宜の換気)ができる情報を、速やかに提供する義務があったというべきであり、あるいは、その安全性が確認されるまで、本件同型ストーブの販売を中止するなどの措置を執ることによって、結果の発生を回避すべき義務があったというべきである」とし、Yには、「商品を大量に販売する者として顧客の安全性を確保するため有害性を検査・確認する義務があったのに、これを怠り、安全性が確認されるまで販売中止などの措置をとらなかった過失があった」との結論を導いた(なお、Xの本件症状は後遺障害等級14 級に相当するものとされた)。