2)発症メカニズム
①仮説
化学物質過敏症の場合、その発症メカニズムについては、免疫学的なもの、神経学的なもの、心因学的なものなど、多方面からの研究が行われているが、いずれも決定的な病態解明には至っていない。
また、シックハウス症候群は、さらにその定義域が広いため、一定のプロセスを持つ発症メカニズムとして説明することは非常に困難である。
ここでは、厚生労働省の「室内空気質健康影響研究会報告書-シックハウス症候群に関する医学的知見の整理-」(平成16 年2 月、室内空気質健康影響研究会)-(引用Ⅰとする)、及びデンマーク環境保護局の「多種化学物質過敏症に関する報告書」(March,2005)-(引用Ⅱとする)で示された化学物質過敏症の発症メカニズムについての仮説を引用する。
a)引用Ⅰ
[1]神経学的な機序
Miller は① 化学物質の毒性により惹起される化学物質への耐性の喪失
(Toxicant-induced loss of tolerance:TIIJ)と、② その後の微量化学物質曝露による症状の発現、という2 段階のプロセスを述べている。
また、Bell らは神経系統の変化による症状形成の過程の観点から、キンドリング(Kindling)や時間-依存性感作(Time-Dependent sensitization:TDS)などの動物研究をもとにした仮説を提唱している。
キンドリングとは、初めは何の変化も起こさないような弱い電気刺激または化学物質による刺激を毎日繰り返し与えつづけると、10 日間から14 日間後には激しいてんかん様けいれん発作を起こすようになるものをいう。
キンドリングはけいれん発現閾値量以下の薬剤を投与することでも成立することや、神経系に明らかな病理学的障害が認められないことが、MCS の特徴である微量化学物質への高感受性と、身体的検査所見に異常が認められないという点で一致することから、可能性のある仮説とされている。
時間-依存性感作(TDS)とは、(薬理学的あるいは心理的な)刺激やストレスにさらされると、その刺激やストレスに対する感度が徐々に時間の経過にしたがって克進する現象をいう。
これはMCS の微量化学物質への慢性曝露による過敏性の獲得という過程に類似しており、仮説の1 つに取り上げられている。
[2]免疫学的機序
MCS 患者では化学物質の曝露経路として吸入経路が有力であり、化学物質の吸入により上気道の炎症が惹起される。
その炎症がアレルギー反応あるいは類似反応を引き起こし、産生された炎症性蛋白質が中枢神経系・免疫系に影響を与え、全身症状を引き起こすという仮説がある。
MCS の臨床症状はアレルギー症状と類似しているが、アレルギーの特徴であるIgE の増加やそれに伴うインターロイキン等のサイトカインの上昇、ヒスタミンの異常放出などの客観的な診断指標はMCS の場合は変動しないとされる。
一方、MCS の発症者の64%にアレルギー疾患の既往歴があったという報告があり、種々の抗原に対する皮内反応に対して陽性を示す患者の存在も報告されている。
しかし、統計的な有意性への言及がなく、適正な対象群の欠如や再現性が得られた報告がないなど、その評価には注意が必要である。
現状では、MCS と免疫学的異常との関連性は想定されているものの、免疫学的な機序のみでMCS の病態を説明することは困錐である。
[3]心因的機序
MCS の心因性については、原因とされる化学物質との因果関係を説明できるような身体的検査所見や病理学的所見に乏しいこと、既知の精神疾患と類似していることなどが、主な根拠となっている。
Leznof は15 名のMCS 患者それぞれに対し、症状がもっとも出る誘発物質を曝露させ、その前後での肺機能、血中のC02 と02の分圧、02 飽和度(Oxygensaturation)を測定する誘発実験を行った。
その結果、被験者15 名のうち誘発物質により症状を再現した11 名全員に過呼吸(hyperventilation)を伴った急激なCO2 分圧の低下が観察された。この実験結果からLeznof は、MCS 患者は環境汚染物質により不安が引き起こされ、その不安を症状として発現しているのだと考え、少なくとも症状のある部分は過呼吸により引き起こされると結論づけている。
ただし、これは一部のMCS 患者に過呼吸をベースとする心因性集団が存在することを示唆するが、MCS 全体に心因性を適応する根拠としては不十分と思われる。
「室内空気質健康影響研究会報告書-シックハウス症候群に関する医学的知見の整理-」(平成16 年2 月)を引用