・考察
当科におけるIEI 群では,数は少ないものの精神疾患およびアレルギー性疾患を除く目鼻の疾患の既往がSHS 群に比べて有意に多く,呼吸困難・息苦しさや関節痛の症状がSHS 群に比べて有意に多いが皮膚発疹は有意に少なかった.
臨床検査において,IEI 群の総コレステロール値,総IgE 値,0.5Hz 視標追跡検査におけるサッケード出現率の異常所見者は多い傾向を示すが有意ではなかった.
本研究における既往症について,IEI 群における精神疾患の既往がSHS 群に比べて高かったが,実数は42 人中7 人と先行研究19)~21)に比べてその割合は低かった.
その理由には,必ずしも精神疾患に着目していなかったために患者の過少申告の可能性の制約が考えられる.
一方,国内の研究で心療内科の視点でIEI を検討した辻内らは,患者が長期の罹病の間に精神疾患としての診断を受ける機会が増える,生活の制限によるストレスなどの結果,精神疾患と診断されることを述べている19).
本研究における精神疾患既往の少なさは,対象がすべて初診患者で遷延した患者が少なく,罹病期間が短いために修飾が少なかったことによる可能性もある.
IEI 群の既往症にアレルギー性疾患を除く眼耳鼻の疾患が有意に多かった理由には,難治な疾患への不安が背景にある可能性も考えられる.
症状については,SHS 群では皮膚発疹がIEI 群に比べ有意に多かったことは化学物質の刺激による身体的な自覚症状が現れたものと推測される.
これに対して,IEI群では呼吸困難・息苦しさがSHS 群に比べ有意に多かったが,肺機能の異常者の率に差が認められなかった.
IEI 群に有意に多い関節痛は環境化学物質では有機化合物に関わる中毒学的な説明が困難で,化学物質との関係が考え難い.
関節痛について,IEI に関する先行研究の記述は少なく,記載されていても列挙に留まり,鑑別診断や病態生理学的検討はなされていない22).
IEI 群における呼吸困難・息苦しさ,関節痛の症状は,化学物質による身体疾患よりも,精神疾患の,例えば過呼吸症候群が見られる不安障害や,身体表現性障害の疼痛性障害などが考慮されるべきかもしれない.
以上のように,IEI とSHS には症状に明確な差がある.その結果,IEI とSHS とでは自ずと対処の方向が異なると推測される.したがって,IEI を「広義のSHS」としてSHS の概念に含めることは治療などに混乱をもたらすと考えられる.
臨床検査について,両群における異常者率の有意差を示した一般的な臨床検査項目は認められなかった.
IEIは症状を説明できる臨床検査の異常を示さないことが特徴である4)23).
SHS もまた化学物質による粘膜皮膚の刺激症状であるために,症状を説明できる臨床検査に異常を示さない1)とされているため,本研究における臨床検査の比較は正常人との比較に近似すると考えられる.
血液検査におけるIEI 群の総IgE 値の異常者の割合が高い傾向を示したが,先行研究でもこれらの所見は示されているものの,直接的な関連は否定的である24).
症状が必ずしもアレルギーと直接関連しないことから,アレルギー性炎症による粘膜の敏感さ,不安によって増幅された感覚,あるいは粘膜刺激への強い注意関心との関係が考慮されるべきかも知れない.
また,神経眼科学検査がIEI の診断に有効と石川らは述べていたが25),本研究においては両群における異常値を示した患者の割合は有意差を示さなかった.
神経眼科学的検査については感度と特異性が十分とは言えないという批判があり10)26),今回の結果もまたそれと合致するものである.
IEI を心療内科の視点から検討した辻内らは,IEI 患者では対照に比べて発症に先立つ心理社会ストレスに関する1 年間のストレス総得点が有意に高いことを見いだし,初診患者においてライフイベントの内訳を検討する必要があること,精神科医による構造化面接では85% がなんらかの精神疾患を合併していることを述べている19).
また,前報で述べたとおり,米国ではIEI は不安障害と見なされ,欧州でも精神疾患としての研究が進みつつある27)~35).
精神疾患の視点から前述の症状を考えると,「化学物質」=臭いと関係する不安障害,中でもパニック障害や身体表現性障害の異型,あるいは心的外傷後ストレス障害PTSD で説明が可能となる.
以上から,日本でもIEI 患者を心理社会ストレスやそれと関わる精神疾患,それらと関連したIEI の形成過程から検討することが必要と考えられる.
本研究では,対象が外来患者で施行できる検査が限られ,発症に先立つ心理社会ストレスなどの検索が行われていないなどの限界がある.
しかし,初診患者を対象とし,比較的多くの患者から得た症状などの結果から,IEIの理解を深める資料を得られたと考えられる.
まとめ
IEI の病像を明らかにする目的で,IEI 患者42 名とSHS 患者88 名について,既往疾患,症状,臨床検査の比較を行った.
IEI 群では,数が少ないが精神疾患とアレルギー性を除く目鼻の疾患の既往がある患者の割合が有意に高く,呼吸困難・息苦しさを訴える患者と少数であるが関節痛を訴える患者が有意に多かったが,皮膚発疹は逆に有意に少なく,臨床検査では総コレステロール値,総IgE,視標追跡検査の0.5Hz 時サッケード率で異常者率が高い傾向が見られたが,有意差を示さなかった.
症状の検討からは心理社会ストレスや精神疾患の視点からの検討が今後必要と考えられた.
謝辞:本研究は,労災疾病13 研究のうち「化学物質の曝露による産業中毒」分野「シックハウス症候群の臨床的研究・開発,普及」(平成16~20 年)の研究として実施された.
前関西労災病院環境医学研究センター長である後藤浩之先生(現,ごとう内科クリニック),当院シックハウス診療科看護師である大下歩,三浦千香子の両看護師に深謝いたします.本研究の要旨を,第58 回職業・災害医学会で報告した.