・*「安全」の定義
追記: 2009-3-4
今まで、「安全」という用語の厳格な定義をあまり考えたことはなかった。
ネットにある辞書「大辞林 第二版」では「危害または損傷・損害を受けるおそれのないこと。危険がなく安心なさま。」とある。
安全に関して最も身近なテーマは「食の安全」であろう。
食品安全基本法の条文を読んでみたが、なんと「安全」に関する定義は書かれていない。
Wikipediaの記述を利用すると、以下のような解説がある。
食の安全基本法の項 :安全と安心の関係
食の「安全」という表現とともに、食の「安心」という言葉も用いられている。
「安全」と「安心」の違いが学術的に明確に定義されているわけではないが、およそ以下のように言える。
安全:具体的な危険が物理的に排除されている状態
安心:心配・不安がない主体的・主観的な心の状態
2003年3月2日 東京で開催された「電波の安全性に関する説明会」があった。
講演2 「安心できる電波利用のための生体影響研究」北海道大学大学院 情報科学研究科 教授 野島 俊雄 の中で、「安心と安全」に関して、「ISO/IECでは「受容できないリスクがないことを安全と定義」」という紹介があった。
質疑応答の時間に、「このISOなどの規定を教えて欲しい」という質問を出したら、「詳しくは覚えていない、レジメに書いてある電子情報通信学会の論文誌を読んでくれ」と言われた。
そこで、以下の文献を入手した。
電子情報通信学会誌Vol. 88: NO. 5: 2005年に掲載された論文「総論 安全と技術と社会 」、著者は向殿政男氏である。
この中から、関連する部分を抜き出す。
関心のある方はこの論文の全文を入手して読んでください。
・ここで改めて,安全とは何か,すなわち安全の定義について振り返ってみることにする.
・危険は一つひとつ指摘できるに対して、安全はどんな危険も存在しないという否定形で表される。
安全を具体的に指定できないために、大変難しい概念になっている。
・「安全・安心懇談会」の報告書(2004年)には、「安全とは、人とその共同体への損傷、並びに人、組織、公共の所有物に損害がないと客観的に判断されることである(ここでいう所有物には無形のものも含む)」と述べられている。社会の安全を強く意識した定義になっている。
・一方,製品や機械等の人工物に対する安全について、日本工業規格JISでは、「人への危害または損傷の危険性が、許容可能な水準に抑えられている状態」、また、国際安全規格を作るためのガイドラインであるISO/IECガイド51では、「受容できないリスクがないこと(受け入れることのできないリスクからの開放)」と定義されている。
・ここで重要な概念として,リスクと許容可能という二つの用語が出てきている。
JISの「人への危害または損傷の危険性」とは。リスクのことである。
・リスク(risk)とは、一般には潜在的な危険性の度合いと考えられているが、国際規格では「危害の発生する確率及び危害のひどさの組合せ」と厳密に定義されている。
ここで更に危害という言葉が出てくる。
この危害、リスク、許容可能が、現代の安全の定義のキー概念になっている。
危害とは,前述のガイド51によれば、「人の受ける身体的傷害もしくは健康障害、または、財産もしくは環境の受ける害」となっている。
危害の範囲をどこまで考えるかは、安全という用語を使う立場で異なってくるのは当然である。
労働の現場を対象とする機械安全では、「人の受ける身体的傷害もしくは健康障害」を危害と考えるが、社会の安全を考えた場合、人だけでなく,安全・安心懇談会の定義にあるように、共同体そのものや、組織や共同体の財産まで含むのは当然である。
もし、人類や地球の安全を考えるならば、環境を入れないわけにはいかないだろう。
この危害の発生する確率(どのくらいの頻度で発生するのか)とそのひどさ(どのくらいの程度のひどさなのか)との組合せがリスクであり、リスクには大きさの概念が入っている。
そのリスクの大きさを考えて,それから受ける利便性や安全のコスト等を考慮して、受け入れてもよいと思われるまでリスクが低ければ(許容可能なリスクならば)、これを安全といおうというのが安全の定義なのである。
・すなわち,考えられるすべての危険源(潜在的に存在する危険なところ)に対して、前もって,安全対策が施されていて、許容可能なリスクにまで下げられているとき、安全であるということである。
・なお、許容可能なリスクは、国際規格では「その時代の社会の価値観に基づく所与の状況下で、受け入れられるリスク」と定義されている。
もちろん、どのくらいのリスクならば許容可能なのかは、対象により、条件により、人により、時代により異なるが、大事なことは、安全といっても、リスクは常に残っているということである(これを残留リスクと呼ぶ)。
絶対安全は存在しないということを宣言している。
・これまで事故がなかったからただ単に安全であるというのではなく、前もって、すべての危険源に対してリスクが評価され、必要ならば対策が施されて、許容可能なリスクしか残っていないようになっているとき、初めて安全であるという。
そのとき、受ける利益、そのためにかけるコスト等を考慮して、残っているリスクについて受け入れることを合意し、覚悟し、納得した上で、利用し、生活していることを認識しなければならない。
・ただし、神ならぬ人間の身、見落としや予想できなかった危険源が潜んでいる可能性がある。
この意味からは、事故から学び常に見直していかなければならないということも、安全の概念と定義に含めるべきであると考えている。
このことから、「電磁波は安全か?」という質問をしたり、それに答える場合は、事前に「安全」定義を確認する必要がある。
「全くリスク・危険がないことを安全」と主張する場合と、上記のような立場で「受容できないリスクがないこと=許容できる範囲でのリスクの存在があることを認めた上での安全」と主張するのかでは、全く議論がかみ合わないことになる。