・甲状腺ホルモンの役割
正常な脳発達に必要な、様々な成長因子とホルモンの中で、神経増殖と分化に必要である甲状腺ホルモン(チロキシン)は、特に重要な役割を持つ8。
チロキシンレベルを低下させるあるいは甲状腺ホルモンに何らかの干渉をする、あらゆる毒物はわずかな程度でさえ、IQ と潜在的にほかの脳機能に悪影響を持つと思われる。
重要な発達期間に中枢神経系内の一過性チロキシン減少でさえ、脳内の神経の枝分かれと細胞構築の変化を生み出すだろう。
はっきりと正常以下のチロキシンレベルにより決定された、母体と胎児の甲状腺機能低下は、子供に認識障害を発生させる。
しかし、最近の報告は、母体のチロキシンレベルのわずかな減少でさえ、子供の IQ 試験成績を低下させることを報告している9。
この研究で、チロキシンがわずかに減少してもチロキシンを放出させるために、甲状腺を刺激する役割を持つ下垂体ホルモンである甲状腺刺激ホルモンレベル上昇は、子供のためのウェクスラー式知能尺度で成績低下を予測した。
対応する対照と比較して、甲状腺刺激ホルモンレベルが高い女性の子供のIQ 値は4 点低かった。
85 以下のIQ 値を持つ子供は、対照が 5%であるのに対して、15%であった。
甲状腺刺激ホルモンが上昇した女性のごく一部も低いチロキシンレベルであった。
神経毒作用を突きとめる挑戦
化学物質被ばくが以後の脳機能に与える影響を研究する中で遭遇する主な問題の一つは、被ばくと機能欠損との間にある長い潜伏期の可能性である。
例えば、障害を受けた言語あるいは読む技術は学童期まで明らかにならないだろう。
実際、発達の間に投与された一部の化学物質は、次の世代で脳機能に影響を与えることを、一部の研究者が報告している10。
この種の遅れは、機能的な脳の異常を前の化学物質被ばくのためであるとすることを極度に困難にしている。
その他に、障害を受けた脳機能症状はそれぞれの潜在的な原因に特異的でない。
つまり、認識と行動障害、あるいは精神遅滞にさえ、遺伝的要因や環境要因を含む、複数の原因があるだろう。
さらに、アルコールのようなすでに知られている神経発達毒物でさえ、早熟や認識障害・精神遅滞・脳の性分化のかく乱などの一連の悪影響を及ぼすだろう。
特異な症状がないことと複数の潜在的原因・被ばくと症状の認識との間の長い潜伏期が組合わさって、症状と化学物質被ばくとの間の因果関係を確立することを困難にしている。
神経発達毒検査
数十年にわたる動物での研究や疫学研究は、
しばしば重く持続する結果を伴って、正常な脳発達を妨害する少数の神経発達毒物の力をかなり洞察できるようになった。
残念ながら、少数の化学物質に関してだけ幅広い情報が利用できるが、多くのほかの化学物質に関する一層の神経発達データが緊急に必要である。
新研究がじっくりと考えられるにつれて、動物試験データが被ばくによる人間での神経学的結果をどの程度予測するかという重要な疑問に焦点が合わされた。
鉛や水銀・PCB の神経発達・精神毒性に関する理解の進歩を振り返って見ることは教訓的である。
この疑問の歴史的総説で、それ以下では人間の健康影響は起こらないと思われる「安全な」被ばくレベルを予測する能力は動物での研究、特にネズミ類での研究では失望させるようなものであったと、ライスらは結論している11。
ネズミ類での研究は発達中の人間の脳の敏感さを非常に過小評価することが多い。
例えば、動物と人間のデータの比較に基づくと、鉛や水銀・PCB の動物研究は、人間で実際に影響を生じるレベルより 2-4 桁(100-10,000 倍)高い、人間の「安全」被ばくレベルを予測した。
「安全」な人間の被ばくレベルを推定するために動物実験結果を使う時、これらの厳しい限界を肝に銘じなければならない(第7 章を見よ)
1 Paus T, Zijdenbos A, Worsley K, et al. Structural maturation of
neural pathways in children and adolescents: in vivo study.
Science 283:1908-1911, 1999.
2 Ravikumar BV, Sastry PS. Muscarinic cholinergic receptors in
human fetal brain: characterization and ontogeny of
3H-quinuclidinylbenzilate binding sites in frontal cortex. J
Neurochem 44:240-246, 1985.
3 Ahlbom, J, Fredriksson A, Erikson P. Neonatal exposure to a type-1
pyrethroid (bioallethrin) induces dose-response changes in brain
muscarinic receptors and behavior in neonatal and adult mice.
Brain Res 645:318-324, 1994.
4 Lauder JM, Schambra UB. Morphogenetic roles of acetylcholine.
Environ Health Perspect 109(suppl 1):65-69, 1999.
5 McGehee DS, Heath MJS, Gelber S, et al. Nicotine enhancement of
fast excitatory synaptic transmission in CNS by presynaptic
receptors. Science 269:1692-1696, 1995.
6 Wiggins RC. Myelination: a critical stage in development.
Neurotoxicol 7:103-120, 1986.
7 Paus T, Zijdenbos A, Worsley K, et al. Structural maturation of
neural pathways in children and adolescents: in vivo study.
Science283:1908-1911, 1999.
8 Porterfield SP. Vulnerability of the developing brain to thyroid
abnormalities: environmental insults to the thyroid system. Environ
Health Perspect 102(suppl 2):125-130, 1994.
9 Haddow JE, Palomaki GE, Allan WC, Williams JR, et al. Maternal
thyroid deficiency during pregnancy and subsequent
neuropsychological development of the child. N Engl J Med
341(8):549-555, 1999.
10 Campbell JH, Perkins P. Transgenerational effects of drug and
hormonal treatments in mammals: a review of observations and
ideas. Prog Brain Res 73:chapter 33, 1988.
11 Rice D, Evangelista de Duffard A, Duffard R, et al. Lessons for
neurotoxicology from selected model compounds: SGOMSEC joint
report. Environ Health Perspect 104(suppl 2):205-215, 1996.
訳: 渡部和男