・1.4 わが国の現状
コルボーンは、野生生物の生態異常の原因を突きとめるために2000編以上の原著論文を読むとともに、多くの研究者と討議し、異常の原因は外来物質による内分泌攪乱であるという結論に到達した。
その比類なき忍耐力と洞察力には頭が下がる。
それにくらべると、日本は遅れている。
しかし、野生生物の異常も、観測例は多くないが、報告されている。
東京都の多摩川で、異常に小さい精巣をもつコイが、1997年に見つかったが、海域においてもオスの魚のメス化が報告された。
場所は東京近海で、魚は海底に生息するマコガレイ類である。
巻貝の一種のイボニシのインポセックス(メスが成長するにつれてオスの生殖器ができる現象)は、すでに1990年代の初頭の調査によって日本全国のいたるところで発生していることが明らかにされている。
日本人の健康な若者の精子も正常ではないという報告が帝京大学から発表された。
調査は、1996年4月から1998年1月にかけて20~26歳の青年34人の精液に対しておこなわれた。
調査人数はあまりにも少ないが、その結果によると、平均値は、精液量が2.5ミリリットル(2ミリリットル以上)、精子の数が1ミリリットルあたり4170万個(2000万個以上)、正常形態率が49パーセント(30パーセント以上)、生存率が78パーセント(75パーセント以上)であり、世界保健機関(WHO)の基準値(カッコ内の数値)を上回っていた。
しかし、運動率は27パーセントであり、基準値の50パーセントを大きく下回っていた。
すべての検査値が基準値を上回って「正常」と判定されたのは34人中1人だけであった。
環境庁が、ドイツから1本100円のポリカーボネート容器を輸入して溶出試験をおこなった、と新聞は報道した。
最初は、試験に使った8本のうちの1本だけにビスフェノールAが検出されたが、洗浄を50回、100回とくり返すうちに8本すべてからビスフェノールAが検出され、最大溶出濃度は0.18ppmであったそうである。
以上に紹介したのは、環境ホルモンが生態系におよぼす影響のごく一部と思われる。
それにしても、いろいろと奇妙な現象がアメリカやヨーロッパのみならずわが国でも続発するものである。
いったい環境ホルモンとは何物であろうか。なぜ、このようなとんでもないできごとが環境ホルモンによってひき起こされるのであろうか。
本書は、これらの疑問をともに考え、環境ホルモン問題の解決法を探るために、生体に対する環境ホルモンの作用という点からアプローチする。
まず最初に、環境ホルモンがなぜ内分泌系を攪乱できるのかという理由について考え、つぎになぜそうなったのかという原因を推理する。
最後に、環境ホルモンの現状を見渡してから、環境ホルモン汚染を防止する方法を提言する。
といっても、環境ホルモンに関しては、測定データがまだまだ不足しているため、大胆な憶測を織りまぜないと話が進まない。
憶測といっても、可能な限り科学的なデータにもとづいた推測であるが、決定的な証拠がないことに変わりはない。
そこのところは読者に判別がつくように、表現には注意をはらったつもりである。』