・4.ALDH2
アセトアルデヒドを酢酸に代謝するALDH(アルデヒド脱水素酵素)には、ALDH1と、ALDH2の、二つのアイソザイムが、存在する。
ALDH1は、ミトコンドリア外の細胞質に存在するので、アセトアルデヒド(飲酒に際して、エタノールが、アルコール脱水素酵素により代謝され生成される)の除去には、有用でない(Kmは、約100μM)。
ALDH2は、ミトコンドリア内に局在する。
飲酒に際して生成されるアセトアルデヒドは、主に、ALDH2により、代謝(処理)され、酢酸に酸化される。ALDH2の方が、アセトアルデヒドに対する親和性が高く、アセトアルデヒドは、主に、ALDH2により代謝を受ける。
ALDH2には、活性を有するALDH2*1(活性型)と、活性を有しないALDH2*2(不活性型)という、2種類の遺伝子多型が、存在する。
ALDH2*1/*1遺伝子型の人は、アセトアルデヒドを肝臓内で完全に処理する(アセトアルデヒドを代謝する能力が高い)ので、飲酒しても、血中に、アセトアルデヒドが殆ど増加しないので、お酒に強い(アルコールを多量に飲める)。
ALDH2*1/*2遺伝子型の人は、アセトアルデヒドを肝臓内で十分に処理出来ないので、飲酒すると、血中に、アセトアルデヒドが増加してしまい、顔面紅潮(顔面発赤)や、動悸(心悸亢進)などが起こり、お酒に弱い(大量の飲酒は出来ないが、適量の飲酒は出来る)。
ALDH2*2/*2遺伝子型の人は、アセトアルデヒドを肝臓内で全く処理出来ない(アセトアルデヒドを代謝出来ない)ので、少量、飲酒しただけで、血中に、アセトアルデヒドが増加してしまい、顔面紅潮(顔面発赤)などの症状が出現するので、全く、飲酒出来ない。
このようなALDH2*2/*2遺伝子型の人は、フラッシャー(flusher)と呼ばれ、ビール50mlを飲んだだけでも、アセトアルデヒドの血中濃度が数μM以上に上昇し、顔面紅潮などの症状が出現する。
ALDH2*2/*2遺伝子型の人(フラッシャー)は、白人では約1%しかいないが、日本人では約10%いると言われる。
日本人の40%の人は、ALDH2が、遺伝的に変異していて、ALDH2の活性が欠落した人(ALDH2*2のホモ接合型)と、ALDH2の活性が低下した人(ALDH2*2のヘテロ接合型)が、存在する。
このような、ALDH2が変異した人たちは、飲酒後は、毒性の強いアセトアルデヒドの血中濃度が、上昇してしまう。
その為、顔面発赤(フラッシュング:顔面紅潮)、動悸、頭痛、悪心、嘔吐などの神経毒性症状(自律神経刺激症状)が、現れる。
顔面紅潮は、アセトアルデヒドが、末梢血管拡張物質(ヒスタミン、ブラジキニンなど)を遊離させ、末梢血管を拡張させる為に、起こる。
顔面紅潮を来たした人が、飲酒を続けると、顔面蒼白になり、嘔吐して、悪酔い状態になる。
なお、アルコールは、MEOSによっても代謝されることもあり、少量飲酒後に、高度の顔面紅潮が現れても、飲酒を中断して後、再度、飲酒しても、顔面紅潮が現れない人もいる。
動悸(心悸亢進)は、アセトアルデヒドが、交換神経末端や副腎髄質からカテコールアミンを遊離させる為に、起こる。
そのため、ALHD2が変異した人たちは、飲酒量が、増えず、肝障害の発生率は、低い。しかし、ALDH2の活性が低下した人(ALDH2*2のヘテロ接合型)が、慢性飲酒を続けると、肝細胞障害が、発生しやすい。
ALDH2が変異しているかどうかは、アルコールを絆創膏に染み込ませ、上腕内側に5分間貼付して調べる(パッチテスト)。貼付5分後に、アルコールを染み込ませた絆創膏を剥がし、20秒以内に皮膚に発赤が見られれば、ALDH2の活性が欠落した人(ALDH2*2のホモ接合型:ALDH2完全欠損)と見なし、また、20秒~5分後に皮膚に発赤が見られれば、ALDH2の活性が低下した人(ALDH2*2のヘテロ接合型:ALDH2部分欠損)と見なす。
飲酒後の血中アセトアルデヒド濃度は、ALDH2の活性が低下した人(ALDH2*2のヘテロ接合型)は、正常人(ALDH2*1/*1遺伝子型)の6倍、また、ALDH2の活性が欠落した人(ALDH2*2のホモ接合型)は、正常人の19倍になる。
ALDH2の活性が低下した人(ALDH2*2のヘテロ接合型:ALDH2*1/*2遺伝子型)は、食道癌の発症リスクが高い。
ALDH2の活性が低下した人(ALDH2*2のヘテロ接合型)が、毎日飲酒したり、大酒家だったり、アルコール依存症だったりすると、ALDH2正常者(ALDH2*1/*1遺伝子型)に比して、(食道癌の)発癌リスクが、10倍以上、高くなる。
ALDH2欠損者(ALDH2*2のホモ接合型やALDH2*2のヘテロ接合型)でも、アルコール脱水素酵素(ADH1B:旧名ADH2)の活性も著しく低い人は、飲酒後に、顔面発赤(フラッシュング)が現れない。
アルコール脱水素酵素(ADH1B)の活性が低い人は、人口の1割弱、存在する。
ALDH2欠損者で、同時に、アルコール脱水素酵素(ADH1B)の活性も低い人は、飲酒家になると、食道癌の発症リスクが、30~40倍、高い。
ALDH2は、499個のアミノ酸から構成される、54KDaの酵素蛋白。
ALDH2遺伝子には、多型性(Glu489Lys polymorphism)があり、489番目のアミノ酸が、Glu(グルタミン酸)だとALDH2*1(活性型)、また、489番目のアミノ酸が、Lys(リシン)だとALDH2*2(不活性型:アセトアルデヒドを酢酸に変換出来ない)。
日本では、ALDH2*1(活性型:酒に強い)遺伝子を有する人は、東北、南九州に多く、ALDH2*2(不活性型)を有する人は、日本中部(中部、北陸、近畿、中国地方)に多い。
縄文人は、ALDH2*1(活性型:酒に強い)遺伝子を有する人が殆どであり、酒を良く飲んでいたが、弥生人には、ALDH2*2(不活性型)を有する人がいた。