・ビタミンA
ビタミンA欠乏は夜盲症や皮膚や粘膜の角化を招くことが知られていますが、最近ではビタミンAが細胞内で受容体と結合し、DNAの働きを調節していることが知られています。
多くの動物でダイオキシンが肝臓中のビタミンAを減少させると報告されています。
ラットに10μg/kgのダイオキシンを1回投与し、投与後8週間ビタミンAレベルを調べた研究があります。
投与しない動物では肝臓中のビタミンAは増加し続けますが、ダイオキシンを投与したラットではほとんど変化がありませんでした。
時期によっては肝臓中のビタミンAはダイオキシンを投与しなかったラットの30%しかありませんでした。
逆に血液中のビタミンAはダイオキシンを投与した動物で多かったことが知られています(Thunberg et al. 1979)。
ビタミンAを豊富に与えてもダイオキシンによるビタミンAの減少は防げないことが分かっています(Thunberg et al. 1980)。
このことは肝臓内のビタミンAを代謝する酵素がダイオキシンによって誘導され、その結果ビタミンAが減少すると考えられています。
この現象が意味するところは今後の解明に待たれます。
腫瘍致死因子
マウスに移植された癌などを出血させ壊死させることが知られているタンパク質で、癌細胞を障害し、増殖を抑制します。
しかし、腫瘍致死因子は、癌の末期に見られる悪液質などの原因物質と考えられています。
ダイオキシンが毒性を発揮する場合にも、腫瘍致死因子が関与することが知られています。
クロルアクネはダイオキシンにより引き起こされるニキビに似た皮膚障害で、発生する場所は顔面に限定されません。
ダイオキシンはある系統のマウスでクロルアクネ様の反応を引き起こします。
1994年、米国のUCLA大学医学部のコーナーのグループは、マウスにダイオキシンを投与し、腫瘍致死因子のレベルを測定しました。
ダイオキシン投与により腫瘍致死因子のレベルが上昇し、その多くは真皮に見つかりましたが、表皮でも検出されました。
クロルアクネの発生に腫瘍致死因子が関与していることが考えられます。
動物に多量のダイオキシンを投与すると、体重減少や食欲不振などを示す消耗性疾患が現れますが、この場合にも腫瘍致死因子が関係していることが知られています。
免疫毒性
動物実験では、ダイオキシンを多量に投与すると免疫抑制が現れ、少量では逆に免疫を刺激することが知られています。
免疫毒性はダイオキシン受容体と関連があり、リンパ球の機能が影響を受けると考えられています。
1997年、米マイアミ医大のシュバルツは、多発性骨髄腫(B細胞の癌)はダイオキシンに汚染された水系の近くで多く発生し、ダイオキシンに汚染された魚や海産物を摂取することが原因ではないかと考えています。
免疫には抗体によって異物に応答するものと、リンパ球などの細胞によって応答するものがあります。
細胞によって応答するものを細胞性免疫といいます。
アメリカのモンタナ州グレイサミットのモービルホームパークの未舗装道路に、ダイオキシンに汚染されたヘドロと廃油を混合して散布した事件がありました。
1986年、ホフマンらの研究グループは、この地区の被爆者と非被曝者を比較しました。被曝群ではアネルギーが見られました。
アネルギーとは細胞性免疫機能の低下により遅延型過敏反応(代表的なものはツベルクリン反応)が低下あるいは起こらなくなった状態をいいます。
被曝群ではリンパ球の構成や機能の異常が見られました。このことはダイオキシン被曝が細胞性免疫に影響を与えていることを示しています。
1995年、ドイツのハンブルクにあるエッペンドルフ病院大学のボルフとカルマウスは、木材処理剤を用いた木材を使っているデイケアセンターの従業員について、ダイオキシンが免疫に影響を与えているか否かを調べました。
この結果、微量のダイオキシン吸入が細胞性免疫を低下させる可能性があることを報告しています。
自己免疫疾患
アメリカのカンサス医科大学のファンらのグループはラットでダイオキシンの免疫に対する影響を調べ、1995年に報告しています。
クロロプロマジンは免疫系の調節を乱すことが知られており、ダイオキシンに似た構造をしています。
このグループはラットにクロロプロマジンまたはダイオキシンを注射し、リンパ節の変化を調べました。
注射7日後にリンパ節を取り出しました。その結果ダイオキシンやクロロプロマジンを注射した場合リンパ節の重量は増加し、リンパ組織を調べたところ、リンパ組織の肥大などの形態的変化が見つかりました。
クロロプロマジンは自己免疫疾患を悪化させることが知られています。
このことから、ダイオキシンが自己免疫疾患を誘導し、あるいは悪化させるとこのグループは考えています。
ダイオキシンが免疫系に影響がすることが知られていますが、人間の疫学データとマウスの実験の間に違いがあるため、カンサス医科大のファンらの研究グループはラットで研究しました。
遅延型過敏性反応(ちえんかたかびんせいはんのう)を細胞性免疫の指標として用いました。
体重1kgあたり1~90μgのダイオキシンを投与したところ、微量では遅延型過敏性反応を促進し、多量では抑制するという逆U字型薬量応答関係が見られました。
血清中IgM(免疫グロブリンの1種)レベルはTCDDによる影響を受けませんでした。血清IgGレベルは投与量の増加とともに増加しました。
この実験ではダイオキシンが免疫機能に影響を与えることを示しています。
特にこの逆U字型反応をダイオキシンが引き起こすことは、人工女性ホルモンDESでも知られています。
今までの毒物試験では投与した毒物に対する反応は量が増えるに従って増加し、量が減れば減少し、それ以下では影響が現れない量(閾値(いきち))があると考えられてきました。
逆U字型反応はこれとは異なり、多量投与では抑制される反応が少量では逆に強く現れることを意味しています。
このような量応答関係は、現在の閾値概念に基づいた耐容量の設定は再考しなければならないことを示しています。