2.MCS/化学物質過敏症について
(1)非アレルギー性の過敏状態としてのMCS/化学物質過敏症
化学物質が生体に及ぼす影響には、これまで、中毒とアレルギー(免疫毒性)の2つの機序があると考えられてきた。
これに対し、近年、微量化学物質暴露により、従来の毒性学の概念では説明不可能な機序によって生じる健康障害の病態が存在する可能性が指摘されてきた。
当該病態については、様々な概念及び名称が提唱されているものの、国際的にはCullenが提唱した「MCS(Multiple Chemical Sensitivity:多種化学物質過敏状態)」の名称が、また、わが国では石川らが提唱した「化学物質過敏症」の名称が一般に使用されている。
(2)MCS/化学物質過敏症に関する臨床研究報告
MCS/化学物質過敏症として報告されている症候は多彩であり、粘膜刺激症状(結膜炎、鼻炎、咽頭炎)、皮膚炎、気管支炎、喘息、循環器症状(動悸、不整脈)、消化器症状(胃腸症状)、自律神経障害(異常発汗)、精神症状(不眠、不安、うつ状態、記憶困難、集中困難、価値観や認識の変化)、中枢神経障害(痙攣)、頭痛、発熱、疲労感等が同時にもしくは交互に出現するとされている。
(3)MCSに関する学会等の見解
MCSについては、これまでにいくつかの学会等で見解が取りまとめられている。
1996年2月にベルリンにて、IPCS(国際化学物質安全性計画:UNEP、ILO、WHOの合同機関)、ドイツ連邦厚生省等の主催でMCSに関する国際ワークショップが開催され、MCSについて(1)既存の疾病概念では説明不可能な環境不耐性の患者の存在が確認される、(2)しかし、MCSという用語は因果関係の根拠なくして用いるべきではない、として新たにIEI(Idiopathic Environmental Intolerances:本態性環境非寛容症)という概念が提唱された。
その後、米国アレルギー喘息免疫学会(American Academy of Allergy, Asthma and Immunology)、米国産業環境医学協会(American College of Occupational and Environmental Medicine)の委員会においても、MCSに関して、ベルリンワークショップの結論と同様な見解が示されている。
一方、「コンセンサス1999」と題する見解が、米国の研究者34名の署名入り合意文書として1999年に公表され、MCSを次のように定義している:(1)再現性を持って現れる症状を有する、(2)慢性疾患である、(3)微量な物質への暴露に反応を示す、(4)原因物質の除去で改善又は治癒する、(5)関連性のない多種類の化学物質に反応を示す、(6)症状が多くの器官・臓器にわたっている。
このように、MCSの病態の存在を巡って否定的見解と肯定的見解の両方が示されてきた。
なお、ベルリンワークショップは、国際機関やドイツ連邦政府機関の主催により開催されたものであるが、そこで示された見解は必ずしも主催機関の公的見解ではない。
また、コンセンサス1999についても、研究者間の合意事項であり、米国政府機関の公的見解ではないことに留意する必要がある。