【環境問題基礎知識】2 | 化学物質過敏症 runのブログ

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・2.神経幹細胞により明らかになることとは?
神経幹細胞は,ニューロン(神経細胞),アストロサイト(星状膠細胞),オリゴデンドロサイト(希突起膠細胞)など神経系の複数の細胞に分化する能力を持っています。

脳は,部位により働く神経系細胞の性質が異なり複雑なネットワークを構築しています。

神経幹細胞の中には,あらかじめその場所に必要な神経系細胞へと分化するよう,存在する部位に特異的な情報を獲得し運命づけられている細胞がある可能性があります。

私達は,幾つかの化学物質を与えたラットに運動機能の異常が見られることを見いだしています。

この時の脳を調べたところ,中脳の黒質という部位にある運動や情動,注意に重要な働きをするドーパミン作動性神経が減少していることがわかりました。そこで化学物質の影響を受けやすい神経の一つと考えられるドーパミン作動性神経に分化させることを考えて,ラット中脳胞から神経幹細胞を分離して培養しました(図1)。

神経幹細胞は,未分化維持のためにbFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)やEGF(上皮細胞増殖因子)を含む培地中で浮遊性のニューロスフィアと呼ばれる神経幹細胞を含む細胞塊を作ります。

ニューロスフィアを個々の細胞にまでバラバラにして再び培養するとまた新たなニューロスフィアができます。

このようにして増やした神経幹細胞を利用して化学物質の神経細胞への影響を調べることにしました。

神経幹細胞に化学物質を直接曝露すれば,未分化な状態の幹細胞自身に何が起こるのか,分化する条件下で曝露した時には,正常な分化は起こるのか,神経系各細胞への影響はどうかなど種々の評価が可能になります。

現在私たちは未分化な状態の幹細胞に対する化学物質の影響について研究を行っています。

生体が化学物質に曝される際には,それにより障害を受けた神経系細胞が正常な細胞と入れ替わる時に必要な神経幹細胞そのものも障害を受ける可能性があり,神経幹細胞に対する直接の影響の評価は不可欠です。

まず,内分泌攪乱化学物質として巻貝類の性転換(雌の雄性化)を引き起こすことで注目され,神経毒性が知られているトリブチルスズについて実験を行いました。

接着性を高めた培養皿で培養するとニューロスフィアは接着して,細胞塊より神経幹細胞が外に向かって移動し始めます。

そこにごく微量のトリブチルスズを曝露すると,神経幹細胞は障害を受けアポトーシスによる細胞死を起こすことがわかりました(図2)。

また,曝露した細胞の遺伝子発現と曝露していない細胞の遺伝子発現とを網羅的に比較解析するDNAマイクロアレイ法により,アポトーシスに関わる遺伝子群の発現がトリブチルスズ曝露によって大きく変動することが確認されました。

また,ストレスを受けた時に発現誘導される遺伝子や脳の機能発達に関わる遺伝子の発現変動が正常な時とは異なる挙動を示すなど,トリブチルスズが及ぼす細胞内での様々な影響や現象が見えてきました。

現在,他の化学物質についても実験を行っており,アポトーシスの増加以外にも,ニューロスフィアからの細胞移動の減少,細胞増殖の抑制など,様々な影響が観察され始めています。

図省略
3.今後の展開
神経幹細胞は,化学物質の影響を評価するツールとして重要な役割を担うと考えられます。

未分化の細胞への影響ばかりではなく,分化への影響や分化した各細胞への影響も含め,細胞の形態変化や細胞死の検出,またはDNAマイクロアレイ解析などから毒性に対応して発現変動が顕著な遺伝子を見つけ,これをモニターすることにより化学物質に対する有害性を簡便で効果的に評価する方法が確立できるものと考えています。

神経幹細胞を使用することで,化学物質が中枢神経系にもたらす様々な影響に関する情報を得ることが可能となるのです。

(すずき じゅんこ,環境リスク研究センター
高感受性影響研究室)