・出典:食品・薬品安全性研究ニュース
http://www.jpha.or.jp/jpha/jphanews/anzen_news/13.html#6
第13号
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「妊娠中の栄養摂取が子供の解毒代謝能を決定する」
―グルタチオンによる二酸化硫黄の代謝 ―
グルタチオンは毒性を発現する化合物を除去する,生体内の保護物質の一つである.
人の健康を脅かす大気汚染物質のうち,強い呼吸器傷害作用をもつ二酸化硫黄 (SO2) も,酸化型グルタチオン(GSSG)と反応し,無毒化されることが知られている.
GSSG による反応産物は,尿中に排泄されるため,SO2 に長期にわたり曝露されると,体内のグルタチオンが枯渇してしまい,毒性が強く現れることになる.
つまり,SO2 による毒性の発現は,個体がもつグルタチオン代謝能に大きく左右される.
ラットを用いた実験では,グルタチオン代謝能は,母動物が妊娠中に摂取した餌の質,特に,蛋白質の摂取量に関係することが認められ,ある程度,先天的に決定された能力であると考えられている.
そこで,妊娠中の栄養不足により,その子供が大気汚染物質に対する感受性が高くなり呼吸器障害を起こしやすくなるか否か,ラットを用いて検討した.
妊娠中の蛋白質摂取量による影響を調べるため,妊娠中のラットは,飼料重量当たり,蛋白含量が18(コントロール),12,9,あるいは6%の実験用飼料で飼育したが,分娩後すぐに,市販の飼料(蛋白含量18.9%)に替え,離乳後もその飼料で飼育した.7週齢に成長したラットに,空気1m3当たり 286μg の SO2 を,28日間連続毎日5時間曝露し,SO2 に対する反応性を調べた.
全曝露終了後,ラットの肺洗浄を行い,その回収液を調べた.
回収液中の蛋白質含量は,肺胞上皮細胞の傷害の程度を示す指標であると考えられており,SO2 に曝露しなかった場合,母動物の蛋白摂取量が異なっても,回収液中の蛋白質含量に差は認められなかった.
しかし,SO2 に曝露すると,母動物の蛋白摂取量の少ない動物ほど回収液中の蛋白質含量は増加し,母動物の蛋白摂取量の少ない動物は,SO2 により,肺が傷害されやすいと考えられた.
また,回収液中に滲出した細胞(マクロファージ,好中球等)数や循環血中のリンパ球数にも,母動物の蛋白摂取量の影響が認められた.つまり,母動物の蛋白摂取量はその産児の免疫系にも先天的な影響を及ぼすことが示唆された.
各組織中のグルタチオン含有量に関しては,母動物の蛋白摂取量と明確な相関は認められなかったが,肝臓や血液中のグルタチオン含有量は,母動物の蛋白摂取量および SO2 の曝露により変化することから,影響を受けることは証明された.
また,肺および肝臓中に含まれるグルタチオンの生成などに関与する各種酵素の活性は,母動物の蛋白摂取量および SO2 の曝露により変化したが,傾向は認められなかった.
以上の結果から,ラットでは妊娠中に摂取した蛋白量が,産児が成長してからのグルタチオン解毒機構に影響を与え,さらに,SO2 の侵襲に対する感受性も変化させることが証明された.
疫学的にも,体重など出生時の特徴と慢性呼吸器疾患や肺機能障害の発生率との間に関連が認められていることから,今回の結果は妊娠中の栄養摂取の大切さを再認識させるものとなった.
しかし,免疫系の異常やグルタチオン代謝への作用機序に関しては,今回の実験では,明らかにはならなかった..