この調査では臍帯血水銀濃度が測定されており、胎児の量反応関係解析の際の曝露指標としてより優れたものと考えられている。
しかし、セイシェルの調査では妊娠中の母親の毛髪水銀濃度が曝露指標であった。
後述のように、数少ない貴重な疫学研究の成果を利用してリスク評価を行うためには、セイシェルの調査も含めた方が良いと考えられるので、二つの研究で共通している妊娠中の母親の毛髪水銀濃度を曝露指標とすることが適切であると考えた。
妊娠中の母親の毛髪水銀濃度では、最も低いBMDおよびBMDLを示したのはBoston Naming Testであり、それぞれ15 ppmおよび10ppmであった。
ここでは、BMDの95%信頼下限であるBMDLの10ppmを耐容摂取量算出の出発点の1つとするのが適切と判断した。
の95%信頼下限値 非曝露対象の中でも5%の異常な反応があると仮定し、さらに5%のリスク(BMR=0.05)をもたらす曝露量としてBMDが算出された。
b)セイシェル小児発達研究(コホート調査) セイシェル小児発達研究の結果、6.5、19、29ヶ月児において、いずれも神経、認知、行動へのメチル水銀曝露の影響は見出されなかった。
66ヶ月児および9歳児では、母親の毛髪水銀濃度が12ppm以上の高い曝露の群においても、メチル水銀曝露の影響が認められなかった。 したがって、12ppmをNOAELに相当する値とする。 c)ニュージーランド疫学研究 4歳児の研究においては、74人がDDSTの対象とされ、実際に施行されたのが毛髪水銀濃度の高い(6 ppm以上)母親から生まれた児38人で、対照群の36人と比較された。
この調査は、データ数が少なく、行われた検査もスクリーニング的なテストであった。
さらに、6歳時に毛髪水銀濃度の高い母親から生まれた児1人について、3人の対照(①妊娠中の母親の毛髪水銀濃度が3~6ppm、②妊娠中の母親の毛髪水銀濃度が3ppm以下で、週に3回を越えて魚を頻繁に食べる者、③3ppm以下で魚の喫食頻度の低い者)を割り当てた57組を対象に調査を行った。
メチル水銀曝露の影響は、社会階層や民族等の交絡因子の寄与より小さかった。
また、コホートの中で最も高い毛髪水銀濃度(86mg/kg)を示した母親から出生した小児のデータがあるが、これは次に高い毛髪水銀濃度(20mg/kg)の4倍以上である。
このデータを除いた回帰分析では統計的に有意であったが、このデータを含めると有意ではなかった。
データが不安定であるため、ニュージーランド疫学研究の結果を用いることが適当であるとは言い難い。
② 代謝モデル 上記の研究では、摂取(経口曝露)量は測定されておらず、耐容摂取量の算出には代謝モデルを用いる。代謝モデルとしては、JECFAあるいはEPA等の評価でも使用されたワンコンパートメントモデルとする。
その際のパラメータセットは、日本人の体格を考慮して体重は異なる値を用いるが、その他のパラメータは、より新しく評価が行われた第61回JECFAのものを使用する。
以下の式により、定常状態において血中水銀濃度C(μg/l)となる一日当たりのメチル水銀摂取量d(μg/kg体重/日)を算出する。
母親の一日当たりのメチル水銀摂取量 d(μg/kg体重/日) d = (C × b × V)/(A × f × bw) ここで、各パラメータは JECFA(第61回)と同様、下記の通りとする。
JECFAの体重65kgは妊婦であっても日本人女性としては大きい値と考えられるので、妊娠後期の平均的な値をとって60kgとした。
b = 排出定数(0.014) bw = 体重(60kg)
V = 60kgの女性の血液量、(0.09×60 liters) A = 摂取したうち吸収される水銀の割合(0.95) f = 吸収された水銀の総量のうち血液に入る割合(0.05)
排出定数は、血液の生物学的半減期(T1/2)から算出され、b=0.693÷T1/2である。