・(2)用量反応評価
メチル水銀の有害性は、神経系において最も現れやすいことは上述の通りである。
また、血液‐脳関門だけでなく胎盤も通過し、胎児に移行する。
そのため発達中の胎児の中枢神経が最も影響を受けやすいと認識されている。
近年、EPA などの主要なリスク評価において耐容摂取量を算出する際、妊娠中の母親のf 体内に存在する毒物や化学物質の総量。実際に測定される場合と血液中濃度から推定される場合、また、投与量(D)、投与間隔(τ)、吸収率(F)、および排泄速度定数(Ke)から計算される場合がある。
曝露が出生後の児に及ぼす影響を調査した疫学研究が重視されており、また算出の根拠とされるようになっている。
第61回 JECFAにおいても、メチル水銀が神経系、腎臓、肝臓等に毒性を有することが言及された上で、神経毒性が最も鋭敏なエンドポイントであると確認されている。
したがって今回の評価においても、胎児期曝露の生後の影響についての研究を対象とすることが適切であると考える。
そのような研究はいくつかあるが、とりわけフェロー諸島における7歳児を対象とした神経心理学的テストの結果は、影響の重篤さは別として、メチル水銀曝露の影響があったことを示している。
研究対象者数も約1,000名であり、妊娠中の母親を登録したコホート調査であることから信頼性も高いと考えられる。
一方、セイシェルにおける研究ではメチル水銀曝露の影響は見出されなかったが、700名を越える対象者数を用いたコホート研究であり、信頼性の高いものであると考えられる。
上記のいずれの研究も、曝露の指標として毛髪あるいは血液中の水銀濃度を用い、経口曝露による摂取量は測定されていない。
したがって、耐容摂取量を算出するにあたっては代謝モデルを用いざるを得ない。
食事を通してのメチル水銀曝露は、連続的かつ比較的定常的であること、体内におけるメチル水銀が特定の臓器に偏って分布するのではないこと、体内においてメチル水銀は代謝(無機化)されにくいという理由から、JECFAあるいはEPA等でもワンコンパートメントモデルが広く使用されている。
今回の評価においても、代謝モデルとしてワンコンパートメントモデルが適当と考える。
その際のパラメータセットは、より新しく評価が行われた第61JECFAのものを参考にする。
① 疫学研究について a)フェロー諸島前向き研究 フェロー諸島前向き研究の7歳児コホートの結果を基に、母親の毛髪水銀濃度あるいは臍帯血水銀濃度を曝露変数としてBenchmark Dose(BMD)分析が行われた(Budtz-Jorgensen et al., 2000(23))。神経心理学的テストのうち臍帯血水銀濃度と統計的に有意な関連性が認められた5つのエンドポイントを反応変数として算出されたBMDおよびBMDLについて、米国立科学アカデミー調査委員会がまとめたものを次表に示す。 臍帯血水銀濃度において、CPT reaction timeがBMDおよびBMDLで最も低い値を示した。しかし、この検査は2年に渡って実施され、検査結果の1年目と2年目の結果が異なったので、精度管理がより厳密に行われた1年目のデータのみが解析された(Grandjean et al., 1997(24), Budtz-Jorgensen et al., 2000(23))。米国立科学アカデミー調査委員会はこれを考慮して、次に低いBMDおよびBMDLを示したBoston Naming Testを選択するのが適切であると判断した(NRC, 2000(7))。