人間の鼻腔内でにおいを感知する部位には、何百万もの嗅覚受容体が存在する。最新の研究から、嗅覚受容体は無秩序に分散しているのではなく、特定の領域に局在していると判明した。
その領域は、脳がにおいの快・不快を判別するための前処理など、さまざまな機能を担っていると推測されている。
研究結果を公表したのは、イスラエルにあるワイツマン科学研究所の神経科学者ノーム・ソベル氏。同氏の研究チームは、鼻に測定器を装着した被験者に複数のにおいを嗅がせ、嗅覚ニューロンの信号を調べた。
この実験から、人間にはにおいの心地良さを判別するための神経回路が先天的に備わっていると示唆する結果が得られた。
もし真実ならば、人間の嗅覚は経験による影響を受けないことになる。
アメリカ、ニューヨーク大学医学部の神経生物学者ドン・ウィルソン氏は次のようにコメントした。
「非常に興味深いが、困惑も感じている。私を含め多くの専門家が支持している学説とは相容れない結果だからだ」。
今回の研究によれば、嗅覚に関する情報はすべてが脳で処理されるわけではなく、一部は嗅覚ニューロンによって前処理されることになる。
つまり、鼻に専用の小さな脳が備わっているのに等しい。
◆ニューロン活動をより細かく検知
人間の鼻には、においを感知するための部位「嗅上皮(きゅうじょうひ)」がある。郵便切手ほどの面積の皮膚が、鼻腔の上部で粘膜に覆われている。
においを感知する多数の嗅覚受容細胞が粘膜に向かっており、それぞれの先の繊毛には1種類の嗅覚受容体がある。
また、細胞からはニューロンが伸び、においの情報を神経に伝えている。
においの元となる化学物質は同じ種類の受容体に結合し、受容体を活性化する。
活性化のパターンをニューロン経由で受け取った脳が、記憶と照らし合わせてにおいの種類を識別する。
嗅覚ニューロンの活動を測定した過去の実験から、ネズミでは嗅覚受容体がグループに分かれて存在する可能性が指摘されている。
酸味、甘味、塩味といった味覚が、舌のそれぞれの領域で感知されるのと同じである。
しかし、ネズミの鼻には1200種類以上の嗅覚受容体がある。
針の先より細い測定器を用いても、一度に何万もの受容体を測定してしまうため、個々の信号の判別が困難だった。
人間の嗅覚受容体は約400種類とネズミの3分の1程度に過ぎないため、嗅覚ニューロンの活動測定をより効果的に行うことができる。
◆においを嗅ぎ分けるしくみ
ソベル氏の研究チームは80人以上の被験者を対象に、さまざまなにおいを嗅がせて嗅覚ニューロンの活動を測定した。
実験には、多くの文化圏で快・不快の認識が共通するにおいが使用された。
においは通常、数十から数百種類の物質で構成され、それぞれを検知する嗅覚受容体は散在し、その情報を総合してにおいと認識される。
ソベル氏の研究チームは、1種類のにおい物質だけを嗅覚受容体が感知できるよう、鼻腔内に単一の物質のみを噴霧した。
実験で得られた801件のデータから、嗅上皮には特定のにおい分子を感知する能力がひときわ高い領域が存在することを突き止めた。
さらには、においの快・不快を判別する際に活性化する領域も見出した。
ニューヨーク大学のウィルソン氏は次のように話す。
「嗅上皮に特定の情報を検知する仕組みがあるとは思わなかった。各領域の詳しい役割は不明だが、注目に値する結果だ」。
今回の研究結果は、「Nature Neuroscience」誌オンライン版に9月25日付けで掲載されている。