水銀10キログラムというボリュームを含有製品に換算すると、医師が使う血圧計(約50グラム含有)で200本以上、水銀体温計なら220万本のレベルになります。
まるでSFみたいな話ですが、一組は23区の担当課と連携し、医療機関と収集運搬業者からの聴き取り調査を行いました。昨年7月から8月のことです。
しかし、結果は何も出てきませんでした。それも当然で、調査に入る前、東京都医師会、歯科医師会および産廃業者に根回しをして、「調査中のヤリトリは一切外部に公表しない」と約束していたのです。
後日、「止めようダイオキシン汚染!東日本ネットワーク」がヤリトリの中身を明らかにするよう開示請求したのですが、出てきた文書の8~9割は黒塗りでした
聴き取り調査の結果について、前出の技術者は次のようにコメントしています。
「対象を医療系や家庭系に絞ったら何も出てきません。水銀は特別管理廃棄物(特管物)だし指定毒物なので、廃棄するには特管物を扱う収集運搬業者を通して水銀処理の専門業者(北海道の野村興産)まで運ばねばなりません。しかし値段が高いため、清掃工場が狙われたのでしょう。これは事故ではなく、アウトローによる環境犯罪です。水銀は比重が大きいから牛乳瓶1本ぐらいで2キロから3キログラムになります。それが4~5本もあれば軽く10キロは超えるでしょう。しかも早朝搬入(5時から8時20分)という手薄な時間に投棄したと思われます。少なくとも血圧計、体温計のレベルではありません」。
◆根拠なき楽観論
現場技術者の話がつづきます。
「水銀が入ることが前提なら、こんなところ(人家密集地域)に清掃工場なんかつくれなかった筈です。自主規制値0.05ミリグラムといっても、常時(水銀が)出ているなら周辺地域をかなり汚染していると見るべきでしょう」。
行政側は排ガス処理装置で十分除去できるといいますが、実態はかなり複雑です。
まず、バグフィルターに排ガスが入ると蒸気状だった水銀が小さな粒となって濾布(フィルター)に付着します。
水銀の量が少なければ活性炭で吸着されますが、量が多いと水銀粒子の上に後続の水銀が流れ込み、それがまた気化するという悪循環が起こります。
つまりバグフィルター自体が汚染源になるということです。
行政が「根拠なき楽観論」をふりまくのは、今回の福島原発事件でも同じです。
昨年の聴き取り調査で一組は対象を医療機関に限定しました。
しかし、それは氷山の一角で、「隠れ水銀」はまだまだあるのです。
循環資源研究所の村田徳治所長は、大学の研究室から出る試薬、顔料(硫化水銀)絵具など、野村興産では蛍光灯の製造工程から出る不良品やスラッジ類、水銀系薬品の不良在庫などを挙げています。
◆責任の所在を明確に
問題は、今回の環境犯罪を摘発し、告発する体制がなかったことです。
いまだ23区による刑事告発は出ていません。
東京23区の清掃事業は2000年4月、東京都から各区へ分割移管され、責任の所在が曖昧になってしまったのです。
「当方には産廃を規制する権限がなく、今回のような不祥事で、実行者が許可業者と分かった場合、業の許可を取消すなどの権限は各特別区(23区)に移っています」。
これが東京23区部21の清掃工場全部を統括する東京二十三区清掃一部事務組合(一組)の置かれた立場です。
職員数1,166名、本年度の予算763億円(2010年度)という巨大組織でありながら、一組には一般廃棄物処理業の許可権限もなければ産廃行政に触れることもできないのです。
そうなった経緯は省きますが、今回の水銀事件で、ようやくことの重大さに一組も23区側も気付いたようです。
もうひとつの問題は、東京以外の大都市自治体に水銀対策の備えが十分でないことです。
筆者の調べでは、水銀計を取り付けているのは横浜市、名古屋市だけでした。
(水銀計を)取り付ければことが済むわけではありませんが、現実対応の面で後れをとることは否めません。
今こそ、一組と23区は今回の水銀事件を徹底検証し、国に抜本的な規制措置をとらせるよう他の大都市自治体に働きかけるべきでしょう。