・では、水銀はどんな形、どういう経路で大気中に出没するのでしょうか。
◆大気中の水銀規制がない
最も大きな原因の一つがごみを焼く施設、すなわち清掃工場です。
いくら分別が徹底しても、現代のごみは化学物質の塊です。
中でも水銀が焼却炉に入って800度以上の高温に出会うと、一瞬で気化し、排ガスになって炉の外へ出るのです。そのあと煙突から大気中に放出され、私たちの周辺に漂うことになりますが、国も自治体も「そんなことにはなりません」と言っています。
その理由は、①水銀を使った製品やその廃棄物は法律(廃棄物処理法)で特別管理廃棄物に指定されているので、焼却炉に入る筈がない、②水銀入りの体温計や乾電池は製造中止になっており、水銀を使った薬品類も使用禁止か製造中止になっている、③仮にそれらが入ったとしても、焼却炉の排ガス処理設備(バグフィルター、洗煙装置、触媒反応塔など)で排ガスを浄化して煙突から大気へ放出する、というものです。
したがって、日本には排ガス中の重金属類を規制する法的基準がありません。
これに対し、EU(欧州連合)では90年代から厳しい規制措置がとられています。
水銀およびその化合物については0.05mg/Nm3、つまり排ガス1立方メートルあたり0.05ミリグラム以下にせよと明確にうたっているのに、日本は「心配ない」の一点張りです。
◆2010年6月11日に起きたこと
こうした現状に不安を覚えたのか、焼却炉(清掃工場)を所有管理している自治体、特に大都市自治体では「自主規制値」なるものを設けて監視体制をとっています。
その数値はおおむね1立方メートルあたり0.05ミリグラム(0.05mg/Nm3)で、これは先のEU規制値と同じ数値です。
では、どんな"監視体制"がとられているのでしょうか。
たとえば東京二十三区清掃一部事務組合(一組)では、21ヶ所の清掃工場全部に水銀計(正確には煙道排ガス水銀濃度分析装置)をとりつけています。測定レンジ(目盛幅)の上限はいずれも1.0mg/Nm3で、自主規制値の20倍ですが、濃度がそこまで到達するとはメーカーも想定していません。
事実、これまで目盛が上限まで達した事例はなかったのです。
しかし、その「あり得ない出来ごと」が東京23区で起きました。昨年(2010年)6月11日のことです。
その日、午後3時30分、東京23区東北部にある足立清掃工場のモニター画面で2号炉の測定数値が急上昇。
場所はろ過式集塵機(バグフィルター)の出口でした。
数値はすでに水銀計の測定レンジをはるかに突破し、3.5ミリグラムで目盛が振り切れました。
正午後4時12分、工場側は2号炉の操業を止めました。
当日、2号炉の排ガス処理設備を点検したところ、バグフィルターと後段の触媒反応塔に金属水銀がベットリ付着し、水噴霧程度では除去できないことが分かりました。
結局、バグフィルターの濾布と最終段階の触媒をすべて交換する羽目となり、締めて2億8,000万円の被害(最近の情報では3億円以上)になったのです。
後日、足立清掃工場に赴き、現場の技術者から直接話を聞いたところ、入った水銀はボリュームにして10キログラムを超えると推測していました。
実は、6月11日以前にも水銀はしばしば入っていたそうです。
事件の1カ月前、水銀計は確実に1キログラムを超える数値を示していましたが、目盛は正常でした。
そうした経緯があって今回の「目盛振り切れ」に至ったのです。現場は水銀計を信用することでしか仕事はできません。
では、どんな水銀がどんな形で焼却炉に入ったのでしょうか。