・ナノ物質の安全管理 何が問題か?
化学物質問題市民研究会 安 間 武
■はじめに
新たな技術として前世紀後半に登場したナノテクノロジーは、あらゆる分野の基盤技術として今世紀に入りますます発展を遂げている。
広範な分野で社会的に大きな便益をもたらすことが期待される一方で、ナノ物質は、そのサイズが極めて小さいために新たな有害性を持つことが懸念されており、実際にそのことを報告する研究が増大している。
ナノ物質の安全管理に関する問題は世界各国で共通する点が多いが、日本特有の問題もあり、本稿では主に日本における問題点と日本政府に求めることを紹介する。
■ナノの定義
ナノテクノロジーやナノマテリアル(物質)の“ナノ”は10億分の1を意味する。従って、長さの単位である1ナノメートルは10億分の1メートルである。
ナノ物質の公式な定義はまだないが、少なくとも立体構造の1次元が100ナノメートル以下の物質であるというのが世界的な合意である。
ちなみに、ヒトの髪の毛の太さは約50,000ナノメートル程度であると言われている。
■ナノ物質の新たな特性
ナノサイズの物質の特徴は、サイズが非常に小さく、質量当りの表面積が非常に大きいことである。
物質がナノサイズになると、もはや物理学の一般法則は適用されない、表面活性度が高くなる、化学的、電気的、磁気的、光学的特性等が著しく変化するなど、全く新たな特性を持つようになると言われている。
例えば、強度が非常に高くなる(スポーツ用品)、導電特性が著しく変わる(半導体)、色が変わる(白色から透明に:日焼け止め)、微生物を殺す(抗菌剤)、浸透性/吸収性を高める(化粧品/食品)、などの新たな特性が様々な分野で利用される。
■広範なナノ製品群/ナノ応用分野と拡大する市場
このような従来の物質にはない新たな特性が新たな材料として期待され、すでに様々な分野で利用されている。
例えば、食品、飲料、食品容器、化粧品、身体手入れ品、日焼け止め、衣料品、電子機器、電池、冷暖房空調、厨房用品、自動車用品、スポーツ用品、家具、建材、装飾品、塗料、ペット用品、医療、エネルギー、農業、環境浄化など、あらゆる分野に及んでおり、現在市場にナノ製品と称して出されている製品の数は800を超えると言われている。
世界のナノ製品関連市場は、2004年には1.4兆円であったが、2007年には31兆円、そして2014年には約280兆円となり、ナノ関連製品は全製品の15%を占めると予測されている。
■ナノ物質の新たな危険性
しかし、この新たな特性は人の健康と環境に重大な有害影響をもたらす可能性が指摘されている。
実際に様々なタイプ、材質のナノ物質について、それらが健康と環境に及ぼす影響に関する研究が世界中で行われており、様々な有害影響の可能性が次々に報告されている。例えば、▽二酸化チタンのナノ粒子はマウスの脳細胞にダメージを与える▽銅ナノ粒子はゼブラフィッシュに害を与える▽カーボン・ナノチューブはマウスの血管系にダメージを与える▽ナノチューブは微生物を突き通し、環境中にDNAを撒き散らす▽酸化銅ナノ粒子は細胞毒性とDNA損傷力が強い▽ナノ銀は微生物を殺す▽有毒物質がナノ粒子に乗り(ヒッチハイク)細胞内に進入する▽カーボン・ナノチューブはラットのDNAを損傷する。 特に昨年は、形状がアスベストに似たカーボン・ナノチューブがマウスに中皮腫を起こす可能性を示す研究が日本とイギリスでそれぞれ発表されて、世界中に大きな衝撃を与えた。
■ナノ物質/製品の安全基準、データ提出義務、表示義務がない
世界中で次々とナノ物質が新規材料として開発され、それらを利用したナノ製品もまた次々に市場に出されている。
しかし、現在までのところ、ナノサイズであるという理由で“ナノ物質”を規制している国は世界中どこにもない。同様に、ナノ製品もまた規制の対象ではない。
ナノ物質/ナノ製品の安全基準を持つ国も世界中どこにもない。従って安全性が確認されることもなく、安全に関するデータもなく、またナノ製品の表示義務もなく、多くのナノ物質/製品が市場に出ている。
■ナノ物質安全管理の問題点と論点
ナノ物質の安全管理上の主要な問題は次のような点である。
▽ナノの安全性を懸念する研究報告が次々に出ているが、まだわからないことの方がはるかに多い▽ナノの安全性研究の体制と投資が十分ではない▽ナノの安全基準がない▽安全基準/データ/表示義務なしにナノ製品が市場に出ている。
一方、世界中でナノ物質の規制のあり方が議論されているが、その中で最も重要な論点は▽既存の化学物質の法制度/規制はナノ物質に対して適切か?▽ナノ物質は新規化学物質か/既存化学物質か?(粒子径が小さいことをもって新たな物質とみなすか?)という点である。