・廃プラの中間処理やリサイクル施設周辺での健康被害
東京都杉並区の不燃ごみを圧縮して東京湾岸の処理センターに運ぶための施設「杉並中継所」が96年春に稼働後、プラスチックの圧縮過程で発生した化学物質が原因で周辺住民120人以上が目やのどの痛み、皮膚炎、倦怠(けんたい)感などを訴え、02年には国の公害等調整委員会が申請者18人のうち14人の健康被害との因果関係を認めた。
「杉並中継所」は00年に東京都から杉並区に移管され今年3月廃止されるが、稼働から13年。
これまで被害補償された人もおらず、被害者の苦しみは続いている。
ベランダに布団を干す家が多い晴天の日、木村洋子さん(67)宅の窓は閉め切られていた。
干した布団で寝るとせきや湿疹(しっしん)が出る。
付着物質に反応するという。
月10万円の年金暮らし。
「何の楽しみもない。生きているだけ」と言った。
中継所から約500メートル離れた練馬区の2階建てに住む。
夫を胃がんで亡くし1人暮らし。
中継所が稼働後間もなく勤務先の百貨店で立っていられないほどの疲労感に襲われ、目がかすんだ。
帰宅後は食べた物を吐き、体中に赤い斑点もできた。
過労と考え、98年、定年2年前に退職した。
00年、居間で倒れ、救急車で運ばれた。
目が見えなくなり体が揺れてベッドをつかんで耐えた。
めまいの診断で入院後、自宅に投げ込まれた印刷物で「杉並病」を初めて知った。
木村さんは、当初、中継所問題を知らなかった「被害者」だ。
区職員に病状を訴えたが、その後連絡はなかった。
宮田幹夫・北里大名誉教授の診断は化学物質過敏症。杉並区の依頼で被害者の集団検診をした経験を持つ宮田教授は「自律神経や眼球運動、視覚検査で異常が出ており、中継所近くの被害者と同じ症状。発症時期から考えても中継所の影響は間違いない」と語る。
■大阪府内の廃プラスチックを扱う施設周辺でも、「杉並中継所」周辺の被害者住民に酷似した症状を訴える住民が続出して問題化している。■
大阪府寝屋川市。環境NGO(非政府組織)代表で地元町内会長の長野晃さん(65)は「まさか足元で」と嘆いた。
知人に杉並中継所のデータ調査を依頼された際、プラスチック圧縮過程で化学物質が発生する事実に驚いた経験があった。
その3年後、地元自治体などから集めた廃プラを加工する民間施設が近くにでき、寝屋川市などが共同運営する廃プラ中間処理施設も昨年稼働した。隣接する施設の間に立つと甘酸っぱいにおいが鼻につく。
地元では「廃プラ臭」と呼ぶ人もいる。
民間施設が運転を始めた翌年の06年夏、津田敏秀・岡山大教授(環境疫学)が約1500人を対象に実施した健康調査では、施設から700メートル以内の住民は2800メートル付近に比べ、湿疹の発症が12・4倍、目の痛みが5・8倍になる結果が出た。
左半身がしびれたまま食べ物を吐き続けた20代の女性もいる。
しかし、住民による2施設の運転差し止め請求訴訟は昨年9月、大阪地裁が「化学物質は排出されているが、健康被害は認められない」と棄却(住民側控訴)。
市や府も一貫して被害者の存在を認めず、住民への疫学調査もしていない。
「病因物質の特定より、施設周辺で症状が多発している事実が優先ではないか。
水俣病など公害の拡大は行政の放置の歴史だった」津田教授の指摘が杞憂(きゆう)と言い切れるかどうか。
廃プラの中間処理やリサイクル施設は全国で700を超え、増加を続けている。
2009年1月18日 毎日新聞「ニッポン密着」