・和歌山県美浜町における椿山ダム放流水漁業被害原因裁定申請事件
1 事案の概要本件は、平成18年9月22日、和歌山県美浜町三尾沿岸で漁業を営む漁業協同組合及びその組合員85人が、平成2年以降、アワビ、サザエ、トコブシ、イソモノ(ガンガラ)等の貝類の水揚量・水揚額が減少する漁業被害が発生しているのは、被申請人和歌山県が設置、管理する椿山ダム(以下「本件ダム」)から、洪水時に大量の微細濁質を高濃度に含む濁水を長時間にわたり放流させることにより、微細濁質が同沿岸の海中に高濃度で長期間浮遊(懸濁)し、岩礁部に堆積して、磯の海藻(アラメ、カジメ)群落を枯死させたことが原因であるとの裁定を求めたものです。
申請人組合は、平成9年3月、被申請人と、洪水時の日高川からの濁水対策に関して覚書を取り交わしましたが、申請人らは、その後有効な対策が採られていないとして、平成16年6月に和歌山県に公害紛争処理法に基づく調停申請を行いました。
その後、申請人らは、被申請人が本件漁業被害と本件ダムからの濁水の因果関係を認めないとして、調停手続を休止して、公害等調整委員会へ原因裁定の申請を行いました。
2 事件の処理経過
公害等調整委員会は、本申請受付後、直ちに裁定委員会を設け、現地期日を含む9回の審問期日を開催するとともに、平成19年7月13日及び平成20年2月1日、本件ダム放流水と漁業被害に関する専門的事項について調査・検討するため、専門委員4人を選任したほか、現地調査、申請人本人及び参考人尋問、海藻実験及び底質分析調査を実施するなど手続を進めた結果、平成22年6月1日、本件申請を棄却するとの裁定を行い、本事件は終結しました。
3 裁定の概要
裁定委員会は、下記の争点1から争点3までの検討結果を総合し、本件ダムから放流される微細濁質に起因して三尾沿岸におけるアラメ、カジメの藻場が衰退、消滅したとは言えないことが明らかであり、申請人らが裁定を求める原因関係を認めることができないとして、裁定申請を棄却しました。
(1)争点1:洪水時に本件ダムから大量に放
流される濁水の濁質において、本件ダムに流入する濁水の濁質よりも微細粒子が増加するか。
専門委員による調査結果等によれば、1回の同じ洪水について本件ダムが存在する場合と存在しない場合を考えると、微細粒径の濁質であっても、本件ダムが存在する場合の方が流出濁質量が小さい可能性が高い。
したがって、本件ダム上流からの流入水より、本件ダムからの放流水において、微細粒子が増加するとの事実は認定できない。
(2)争点2:本件ダムからの大量の放流水に
含まれる微細粒子が長期にわたり日高川河口から海に拡散され、長時間浮遊して、三尾沿岸の海水を懸濁させ、岩礁部等に堆積するか。
本件ダム設置後、ある程度海水の濁りの長期化が発生していると考えられるものの、明確な長期化の程度を認定することはできない。
職権による底質分析調査の結果等によれば、少なくとも、平成元年ころから平成14年ころまでの間には、三尾沿岸海底の複数の場所において、岩礁や海藻に白っぽい泥様の堆積物がかぶり、それが舞い上がるなどして海底を濁らせていたことがあったと言えるが、上記の堆積物が主として本件ダムから放流される微細濁質であったとまでは認められない。
(3)争点3:微細濁質が三尾沿岸に多く流入することによる磯焼け(浅海の岩礁等において、大型海藻の群落が季節的消長や多少の経年変化の範囲を超えて著しく衰退又は消失して貧植生状態となる現象)の発生。
専門委員による調査結果等によれば、本件ダムから放流される微細濁質が三尾沿岸の海水を浮遊、堆積し、アラメ・カジメの光合成阻害、呼吸阻害・代謝阻害等を発生させたことが主要因となって磯焼けが発生したとはいえない。